どういうつもりで5
「御影く────」
ピー、ピー、ピー・・
遠くでそう、何かを知らせる機械音が鳴った。
「────あ。乾燥機、終わりましたね」
彼はそう言って立ち上がると、ドアを開けて部屋から出て行った。一人きりになった空間で私は、驚きに止まっていた息を、やっと吸う事ができた。
「・・びっ・・くり、したぁー・・」
気がつくと、ドキドキと心臓が大きな音を立てていて、私は思わず、それを落ち着かせようと胸のあたりに手をやる。
今のは────なんだったんだろう。
近かったけど・・まさか・・・・キ
「な訳ないじゃ〜ん! 何考えてんのヤダヤダ!」
そのとき、ガチャリとドアが開いて、私の服を抱えた御影君が戻ってきた。
「ヤダって何がですか?」
聞かれてた!?
「あ・・雨ってほんと、ヤダなぁ〜って! あ、そういえば、まだ外は雨降ってるのかな?」
動揺を隠す様にテンション高く窓から外を覗くと、先程の豪雨が嘘の様に、空はすっかり青空へと戻っていた。なんで気づかなかったかな。そろそろお暇しなくては。
「あ、ありがとうね雨宿り! あまり勝手にお家に上がり込むのも親御さんに悪いし、そろそろお暇するね!」
「そうですか。分かりました」
「うん、ありがとう!」
い、意外とあっさり承諾してもらえた・・まだ昼過ぎだし、これから美術館行こうとか言われるかなと思ってたけど・・。
いや違う。行きたかった訳じゃない。ほんとに違うから。
脱衣所を借りて乾かして貰った服へと着替え、部屋へと戻ると、御影君は外へ出る準備をしていた。どうやら送ってくれるらしい。断ったけど、誘ったのは自分だからと食い下がられて、結局はお言葉に甘える事にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ごめんねぇ、暑いのに」
昼過ぎの炎天下の外は、地獄の様に暑かった。日陰に居ないと辛いくらいの暑さだ。
「年々暑さが増してる気がしますね」
「本当だよね。これじゃ食欲なくなるのも分かるよ。明日の日替わりは何にしようかな・・」
御影君の家から私の家までは、歩いて10分ほどの距離の、少し坂を下った辺りにある。お恥ずかしいが実家で親の脛をかじっております。
向いにある公園に、さすがに子供の姿は無かった。誰も居ない灼熱の公園には、蝉の声だけが煩く響き渡っている。
「ありがとね、わざわざ送ってくれて。じゃあまた明日もよろしくね!」
「はい。今日はありがとうございました」
私が彼に最後に笑顔を向けて、家の門へと手をかけたところだった。
「奈緒子さん」
振り返るとそこには、少し真面目な顔の御影君と目が合う。だけどそれは一瞬だった。彼はニコッと笑って・・
「最後にあっち向いてホイやりましょう」
ん?
「あっち向いてー・・」
「えっ?」
「ホイ」
咄嗟に私が顔を向けたのは右。
御影君の指は左。
やっと────・・
「やっと勝ちましたね」
彼はそう言って笑うと、私の方へ近づいた。
ただの雇用主とアルバイトの関係にしては、少し近過ぎる距離。
「ご褒美に教えてあげます。どうして俺が奈緒子さんを引き止めずに帰したのか」
そして彼は背の高い身を屈め、私の耳元でこう囁いた。
「俺の服を着た奈緒子さんが可愛いすぎて、あれ以上部屋にいられるとヤバそうだったので」
────驚いて。
私から離れた、彼を見た。目が合うと、彼はいつもの大人びた空気で、余裕そうな笑みを浮かべた。
そういえばいつもそうだった。穏やかで優し気な笑顔の奥に、僅かに光るどこか意地悪そうな瞳────・・
「それじゃ。また明日も宜しくお願いします。・・奈緒子さん」
そう言って、去っていく彼の後ろ姿を、私は言葉を失ったまま見つめていた。
駄目だよ御影君。
それは「お姉ちゃん」に抱く感情じゃない。
悔しい。私は大人なのに。こんな風に貴方の思惑どおりに戸惑って────また貴方の事で一杯になってしまう。
胸を抑える。
だけど夏蝉の声が耳に入らないほど、鼓動の音が煩くて。




