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夏祭りの夜に

 七月下旬。近くの公園では打ち上げ花火が行われる。露天出店者の募集記事を見て、夏祭りや花火大会など、もう何年も見に行ってないなとふと思ったのだ。たまには気分を変えようという事で、その日の夜営業はお休みにして、出店してみることにした。


 メニューは、商店街組合から借りたフライヤーで調理可能な、チーズボールとスティック揚げパンだ。じゃがいもをマッシュして片栗粉と混ぜた、もちっとした食感の芋もちダネの中に、角切りチーズを入れて丸める。カラリと揚げてピックを刺せば、とろーりチーズボールの出来上がり。スティック揚げパンはその名の通り、割り箸に巻いたパン生地を揚げ、たっぷり砂糖をまぶした一品だ。



「このチーズボール、なんか癖になりますね。一口サイズで食べやすいし、いくらでもいけちゃいます」


 隣でそう言ったのはやっぱりというか、御影君だ。終了時間は九時過ぎるから悪いかなと思ったのだけど、手伝いたいと彼の方から言って来てくれたので。言い訳するようだけど、私から誘ったわけじゃないから。


「ごめんね御影君。せっかくの花火大会なのに、バイトだなんて・・」


 学校の友達に誘われたりとかしなかったのだろうか。心配になって小さくなった私に、彼はいつもの通り、優しげな笑みを向けた。


「いえ。奈緒子さんの浴衣姿を拝めるなら、どこへでも行きます」



 ────!!



 私は真っ赤になった。


 そうなのだ。今日の私は浴衣を着ていて。クローゼットの肥やしと化していたこいつを、雰囲気出すために着てみたのだけれど・・でも周りの道ゆく人は同じく浴衣姿の人が多いし、見物客と見分けがつかなくて、むしろ御影君のエプロン姿のが全然目立ってるし。これじゃまるで、単に自分が着たかったみたいで恥ずかしすぎる。



「め、目立つと思って着てきたけど、エプロンの方がお店屋さんらしくて目立つね。よく考えたらそりゃそうだよね、お祭りなんだから。私ってバカー・・」



 ほんとに着たかったわけじゃないの!


 それなのに────。





「良いと思いますよ。すごく可愛いです」




 !!??


 ち、ちがうの! そう言ってもらいたくて着て来た訳じゃないの・・! 断じて!!



「あ、ありがとう! なんかごめんね!」



 また御影君にお世辞を言わせてしまった・・ああ、暑い。恥ずかしすぎて一気に汗まみれだ。全身真っ赤な身体を手でパタパタと仰ぐ私の横で、御影君がいつものように、クスッと笑ったのが聞こえた。




 お陰様でフードの売れ行きは好調だった。どの程度捌けるのか分からなかったから、売れ残ったらどうしようと思っていたけれど・・他とメニューが被っていないせいなのか、花火の上がる少し前にはもう完売してしまった。もう少し作ってくれば良かったなぁ。来年また出店するときの参考にしよう。


 露天の並ぶ大通りに溢れかえる人の波。その中心はやはり、手に手を取り合う恋人達だ。中には高校生か、はたまた中学生らしき可愛らしいカップルも多く見受けられた。


(御影君は好きな子を花火に誘わなかったんだな・・)


 チラリと隣を見ると、何故かこちらを見ていた御影君と、ばっちりと視線が合ってしまう。彼がにこっと笑顔になったのを見て、なんでかキュンとしてしまって、私は益々狼狽えた。



「全然足りませんでしたね」


「う、うん。片付けようか!」


「はい。奈緒子さん」




 まずい・・

 何をどきどきしてるんだ、私は・・



 自分の心に戸惑いを感じながら、それを忘れるように一心不乱に片付けをした。仮設テントを畳んで、ゴミをまとめて、残った包装資材を空になったクーラーボックスの中に詰め込んで・・と、その時。



 ヒュ────・・・・ドォン!



 鼓膜を震わす大きな破裂音と共に、空へ広がる光の粒。じりじりと残像を残して夜の闇へと溶けていく無数の火花達の姿に、私はつい見入ってしまっていた。本当に、こんなに近くで花火を見たのは何年ぶりだろう。



(やっぱり、綺麗だな)



 来年もまたここで、変わらず花火は空を彩るのだろう。私は変わらずあの店で料理を作っていて、来年はこんなに早く売り切れるなんて失敗もしないで、多分ここで今日と同じく、見物客に食べ物を売っていて。



 だけどそこに────きっと御影君はいない。



 来年は受験本番だ。そしてそのまた来年は、彼は大学に進学するだろう。私の変わらない日常は、彼の人生のたった一瞬の、通過点に過ぎないのだから────・・





「また来年も一緒に見ましょうね」





 振り向くとそこには、いつもの大人びた優しい御影君の笑顔が、私の方へと向けられていた。



「来年も出ますよね? 今度はもうちょっとたくさん、食材仕込まないといけないですよね。奈緒子さんのは味がいいから、今年のリピ客も来るんじゃないですか?」




 御影君────・・




「あはっ、・・そうだね」




 ────貴方はもう居ないんじゃない?


 だけどそんな事を口に出さなかったのは、今この時間を大切にしたかったから。二人でこうして花火を見た、その思い出を、良いものにしたかったから。それだけきっと私は、御影君の居なくなったあの店の光景に、寂しさを感じているのだろう。




「来年もまた宜しく。手伝い期待してるよ!」

 

 


 精一杯の笑顔を向けた私を、御影君は相変わらず優しい笑顔で受け止めた。そして私の切ない胸の内をよそに、また・・よく分からない事を言う。



「来年は、そうですね・・奈緒子さんが上手く浴衣の帯をしめられなくて困ってるところを手伝ったりとか、したいですね」



 ・・ん?



「い、いや・・さすがに御影君にそんなことさせないって。それに一応着付けはちゃんとやってもらってるんだよ。ほら、近くの片岡呉服店の娘、同級生なんだよね」


「はい、そうですね」



 彼はそのままにこにこしながら、ずっと私の顔を覗き込んでいた。な、なんの笑い?



「そういう状況があったらいいな、て事です」



 そういう状況・・?



「ど、どゆこと・・??」



 困惑して首を傾げた私に、彼はやっぱり、クスリと笑った。



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