異世界転移した物理教師
公務員は収入が安定しててよい
子どもの頃に大人が言っていた。それを鵜吞みにしたことを、相崎悠斗は後悔していた。
悠斗は高校の物理教師だ。ほとんど毎日、夜遅くまで学校に残っているものの、当然残業代などは出ない。収入も安定はしているものの、彼を満足させる程のものではなかった。
平日は残業、休日は寝だめと起きている時に物理の勉強といった生活を送ってきた彼は、気づけば30歳を過ぎようとしていた。こんな生活をしているのだから、当然女性との交際経験などなかった。
その日も悠斗は、家に帰るのが遅くなった。家に帰って早く布団に入りたいなどと考えながら、夜道を1人で歩いていた。残業が続いた週の金曜日ということもあり、注意力が散漫になっていた悠斗は後ろから歩道に乗り上げてくる暴走トラックに気づくことができなかった。
キキーッ!ドンッ!
背中に鈍い衝撃が走る。頭から生温かい血が流れている。悠斗は死を実感した。次第に意識が遠のき、悠斗は目を閉じた。
次に目を開くと、そこは辺り一面真っ白な空間だった。みると、1人の老人が立っている。
『お前に、第2の生を授けよう。』
老人は悠斗に言った。答える間もなく、老人は手をかざした。すると周りの景色が歪んでいく。老人は最後にこう言った。
『お前には物理魔法を授けた。その力と知識を存分に活用するがいい。』
気づいた時には、悠斗は草木の生い茂る薄暗い森の中にいた。
『は?一体何が起こったんだ。』
これまでファンタジーやらSFやらはくだらないものだと思っていたし、当然読んだこともなかった。しかい今、自身がその状況にいるのだ。
これは夢に違いない
悠斗はそう思った。だが、明晰夢などそうそう見れるものではない。もう少しこの世界を楽しもう。悠斗は歩き出した。
その瞬間、悠斗の体が宙に浮いた。崖から足を踏み外したのだ。悠斗は咄嗟に崖の際を掴んだ。指の先からは血が噴き出し、次第に腕がきつくなっていく。先程の落ちる感覚、そしてこの痛みがこの世界が夢でないことを教えてくれる。
これは死んだな
悠斗が死を覚悟したその時、明らかに体が軽くなった。運動は対して得意ではなかった悠斗だが、ひらりと崖の上まで登ることができた。
『これは...身体強化?いや...』
あの老人が、最後に言っていた言葉を思い出した。少し離れたところに赤い実のなっている木がある。そこに向かって手を伸ばすと、まるで吸い寄せられるように赤い実が飛んできて手の中に収まる。
『もしかしてこれが...物理魔法?』
力を込めると実は浮いたり飛び回ったり悠斗の考えた通りに動き回る。
この力があれば...
悠斗はこれまで安定した道を選んできた。受験では確実に合格する学校を選び、就職も公務員を選択した。大きな失敗などはなかったものの、挑戦もしてこなかった。
しかし今は違う。この「物理法則を操作する」力を活用して、この世界を生き抜いていこう。