今日の雨はおかしい
「私は…もう…なんの為に生きていますかね」
ポーションや薬を作る以外のスキールなんてないし、それ以外の物には殆ど興味が湧かない。これはまさに、私の全てだ。
その全てができなくなるのなら…私は…
「あっ」
汚い路地裏をスタスタ歩いていたら、大きな水たまりに道が塞がれた。これ以上裏の道で進みたいのであれば、靴や服を塗る事になるだろう。
「さいーあく」
今日はなにもかも上手くいかない日らしい。
私はその場に佇んで、水たまりを越して自分の姿と目が合う。重いポーションの鞄を前に抱えている私はとっても疲れているように見える。長い茶色の髪の毛はぼさぼさで、ピンク色の目の下にクマが溜まっている。
「私だって不法な商売はしたくないです」
もう、全てがいやになった。どうでもいい。この水溜まりに顔を沈んでら溺れるのだろうか?
カチンと上から窓を開ける音がする。
「え?」
路地裏を囲んでいたビルの一軒の2回目の窓から、何か、誰か、人間の形をした何かが地面へと一線を画して、墜落する。
カシャン!
「うわぁ?!」
落下する何かは水溜まりと衝突して、水の飛沫をあらゆる方向へと投げる。そして落下したもの自体は…
「切断された!?」
右足は道の奥へと飛んで、左腕は青い体液をまき散らしながら私の方へと転がす。
「これ…人形?」
人間じゃないと分かって、まだ驚愕している私は身を屈めた、飛んできた腕を観察する。手首や肘はボールジョイントで、二頭筋の所から腕が砕けている。これは本体に繋がってもその中にある謎の液体が零れし続ける。
「どうみても魔薬の類ですね」
その魔力を感じる以上、青色の液体なんて自然じゃない。これ以上近づくのに少し躊躇う。これに毒性があったら冗談じゃない。
もう服には付いてしまっているけど…
「何なんですかこれ?」
改めて趣味が悪い。目の前で人が死んだと、冗談抜きで思っていた。
私は人形が捨てられた窓を凝視する。
「あんた」
驚いたことに誰かと目が合ってしまった。私より少し年上の男性で、表情は少し硬い。しかも私に話しかけた。これどういう…?
「な、なんですか?」
「腕はあるのになんで捕まえなかった、阿保か?」
「なっ!?」
謝るのではなく、頭を下げる事もなく、最初に私に掛ける言葉はなぜか罵倒であった。捕まえるわけがない上に、その義理も勤務もない。
怒鳴ってやろうと思った私は息を大きく吸って…
「ってあれ?逃げました?」
瞬きしたら彼は既に窓の前にいなかった。
「なにやってんだ、手伝え」
「あぁういええ!?」
隣に現れた。
「え?先は二階に…?」
早っ。
「ほらこれ持っておけ」
「うぇ?」
ポーションの鞄の上に載せられたのは人形の腕、胴部、そして青い体液塗れたの頭。既に水でびしょびしょになっていた服は更に体液で青く染まる。ポーションのビンもベタベタとなるのも防げない。
思わず渡されたものを素直に受け取った私はそれに気付いた時なはもう遅かった。
こんな汚いの、私の物でもないのに!
「あの、自分の物はできたら自分でっ」
「なにブラブラしているんだ、中に運ぶぞ」
男は人形の残りのパーツを運びながら、人形が落とされた窓と同じビルの裏口に入る。単に推測すれば、これは彼の家、住まいだろう。
断りづらい雰囲気に耐える事ができなかった私は仕方なく彼の背中を追う事にした。自分のポーションも、謎の人形のパーツが零れないよう慎重に動く。
中に入ると私の推測が少し外れていた事がすぐにわかった。綺麗なバーや複数のカトラリーのある並べられていたテーブルが私たちを歓迎する。コーヒーの匂いがさっと鼻に優しい刺激を与える。
これはどうみても街中でよく見かけるカフェのレイアウトだ。
「こんな汚い路地裏にカフェありましたか…」
外にサインなどの宣伝道具は見かけなかったと思うけど…玄関じゃないから普通かもしれない。
「こっちだ、上に行くぞ」
「あっ、はい」
バーの隣にあった狭い階段をよいしょよいしょ!と上って、リビングらしき部屋へと辿り着いた。
この人はつまり、カフェの二階に住んでいる、と周りを見渡す私。
「ほら」
男は部屋の隙間に自分の抱えていたパーツを下ろして、私が同じ事をするように促す。
手伝いを終えた私は感謝されるべきと、男の方をちらっとみる…
「じゃあ帰っていいぞ、出る時も扉を閉めてくれ」
けど返ってきたのはそんな冷たい言葉だけだった。私に目もくれずに、男は一人で人形のパーツを整え始める。まるで私の存在は既に頭から亡くなっている。
「…」
眉がまた抑えている怒りでピンピンと跳ねるのを感じる。
謝罪もない、感謝の言葉もない。なにか言ってやりたい!!
「ん?」
待って。
彼が修理している人形ってそもそも一体なんなんだ。しかも十代半ばの少女の姿形をしている…さっきまでパーツがバラバラで、気付かなかったんだけど…結構可愛い服も着ているし、つまりこれは…
「もしかして変態人形ですか?」
聞いた事があるけど、初めて見た。
「はあ?!」
男は今までにない取り乱した感情を見せる。恥ずかしかったのか、彼はすぐに咳払いをし、いつもの冷たい対面に戻る。
「このどこがそうに見える?頭おかしいのか?」
「私はみた事ないからわかりませんね。どこがそうじゃないと教えてくれますか?」
どうみても変態人形でしょう、しかも乱暴に扱っている…窓から投げられたし…
「いやなんで俺が変態人形の事なんか知っているみたいな言い方で聞いているんだ?」
「そんな事は言ってませんよ?」
「いや言っている」
私を睨むために男は一旦人形から目を離す。
「俺の家から早速出ていけ、お前が濡れているせいで木製の床に傷が付く」
「水を掛けたのは誰だと思っていますか?!人形変態!」
「もう不法侵入だ、出ていけ」
ふぬぬぬ!
「気持ち悪いからあなたの言う通りは余りしたくありませんね。もうちょっとここに残ります」
「冗談で言ってるのか?子供か?」
「残念ながら違いますね。子供好きのあなたに悲報かもしれませんけど」
「…」
男は急に作業する手を止めた。
「お前、迷惑だとよく言われないのか?」
「言われますね」
「…そうか」
「…」
…
私たちの間にあった怒りはそのままし〜んと違和感があるくらいに綺麗に収まった。
「…」
服はまだびしょ濡れのままだし、早く着替えたい。素直に暇しとするか。
「へんたいにんぎょう?」
っと思ったら第三者の声が思わぬところから割り入った。
「もう聞いていたのか、マリー。今の言葉は忘れろ」
「ゲール?」
建て直された人形は、今もボロボロな形で言葉を喋った。カタカタと堅い口を動かしてところをみると背筋がちょっとソワソワする。
「え?」
生き…ているの?人形…が?
「そうだ、俺だ。体液は恐らくまだ不足しているだろうが…今のところはいいか」
男、改めてゲールは人形の頭の中を確認しながら、起動した人形と会話を続ける。マリーは人形の名前なのね。
「じゃあ早速、マリー、俺の好きなアイスクリームは何の味だ?」
「バニラ?」
「違う、ミントだ。覚えてろ。次、俺の誕生日はいつか覚えているか?」
「もちろん」
「ならいつだ」
「一月七日」
「まったく違う、九月二十日だ、覚えてろ。自信だけは相変わらず強い。やっぱりまだまだだな…」
「ありがとう」
「誰も褒めてない」
「わかった」
「だから…いやもういい」
横からマリーやゲールのやり取りを見守っていた私は唖然とする。目のパチパチが止まらない。喋る人形…いやもっはやホモンクルス?人工生命…夢物語みたいな物だ。まだその途中かもしれないが、実際には目の前にある。
「なあ、マリー」
まだ動けない私の存在を忘れて、ゲールたちはお互いと話を続ける。
「あんた、なんで窓からまた飛び降りたのか、心当たりはある?」
「窓から飛び降りる?私はそんな事しいないと思う」
「するか、しないかじゃない、もう五回目だ。しているのは間違いない」
「…なら死が愛しかったと思うっ」
パン!
ゲールはマリーの頭を軽く叩いた。
「生きている事でさえ定かではないお前は死の愛しさがわかるか!変な事を言うな!一体どこでそれを学んだ?」
「ゲールから」
「俺にそんな自殺じみた事を言った覚えはない」
ゲールは黙って、何かを探すように、いきなりリビングルームを見渡す。私は邪魔にならないように部屋の奥へと移動する。いや、しようとしたけど…
「待って、あの鞄に何が入っている?」
ゲールは私を尋問するような口調で私の抱えていたポーションの鞄に指さす。
「ポ、ポーションです」
身長の差のせいでビビったのか、思わず口ごもる。
「あんた、医者だったのか?」
「え?あぁ…うん、ちょっと違う…」
気まずそうに目を逸らす私。
「そうか、じゃあ普通の魔花の濃化汁はあるか」
「ありますが…?」
「渡せ、後で返すから」
普通に気になるのか、後も先も考えずにゲールに魔花の濃化汁の小瓶を渡す。
魔花の汁は殆どのポーションの基本の素材、頻繁に見つかる花で値段も安い。ちゃんとその汁を採取するにはこつがいるが、今はそんな事なんて趣味話はどうでもいい。ゲールは渡された小瓶の中身を近くにあった大きいに瓶に入れて、なにかを作ろうとしている。
「リューカの種もあるか?」
などとゲールは色々とポーションの材料を要求し始めた。必要であれば金も払うと保証してくれた事で譲ってやるようにした。
ゲールは集めた素材を整えて、大瓶に入れる準備をする。
「なにを作るつもりですか?」
ぴょんぴょんとゲールの作業する肩を越して尋ねる。しかしまた思わぬところから答えが返ってきた。
「シャンプー」
人形のグラスの瞳で私を見据えて、マリーは単と述べる。。
「シャっ、シャンプー…ですか?」
なんで急にそんな事を…?
「なわけあるか、マリーの言葉を信じるな」
「え?マリー…ちゃん?嘘も付くんですか?」
「嘘も付くって、あいつの口から出る物の殆どが嘘だ」
「ゲールは変態じゃない」
「だからお前それどこから?!?」
「ゲールから」
「あ、そうか」
もう相手さえしたくないとゲールは棒読みで返事する。
「あっ!?」
っとマリーの凄さに気を引かれていた私はゲールのやっている事に気付く。
貰った素材を山に集めて、大瓶の中に丸投げする。一切の加工もせず、素材の順番もまるで気にしていない。
「死にたいですか?!?」
私は反射的に大瓶をゲールから奪って、中の様子を確認する。
「おい!何をしているんだ!危険だぞ!」
「危険なのはあなたです!ポーション作りの基本も知らないの!?」
「それは俺の実作のレシピだ、何度も作った事ある!お前に何がわかる!」
「爆発したのは何かいくらいですか!」
「一回だけだ!」
ゲールは自信よくそうと主張する。
「十回」
しかしマリーは相反する数をたんたんと堅い声で述べる。
「なわけあるか?!マリーは黙れ」
「ほら!あなたも嘘を付きますね!」
「本当に十回なわけあるか?!阿保!」
やっぱりこの瓶は危険だ。
素材の無駄にもなるけど、私は窓を開けて、大瓶を路地裏に投げ捨てる。遅延を持ってこの疑似ポーションが爆発してたらたまらないからね。
「おっ、おい?!」
「まだ素材が余っていますから大丈夫です、今度は私に任せて、もう一度作りましょう」
今回は素材の処理もちゃんとした上でね?
「いやあんたに関係が…」
「作りましょう。」
ノーという選択肢はない。
じゃないとポーションの錬金の間違いでいつか死ぬでしょう、この人。
それにマリーちゃんと関係のある物だったら尚更関わりたい。世界初で、特殊なポーションである可能性は高い…このチャンスを見逃し私はない。