死ぬまでにしたい1000のこと(前編)
「なあユイ、今日の相談、ちょっと特別かもな」
カナメはスマホを見ながらユイに言った。
「相手はリコって子。DMで直接連絡が来た。高2らしい。なんでも、幼稚園からの親友が最近様子がおかしいって」
ユイは隣で静かに立っていた。その目は、すでにどこか遠くを見ているようだった。
数日後、約束の放課後。
団地の空き部屋。ユイは座布団の上で静かに座っている。
扉がノックされ、カナメが開けると、リコが立っていた。
「はじめまして。リコです」
少し硬い声。でも、目は真剣だった。
「……あの、最近、親友の様子が変なんです。マナっていう子なんですけど」
リコは話し出した。最初はどこか探るように、軽く、慎重に。
「笑ってるけど、目が笑ってないっていうか……急に一人で帰ったり、LINEの返事も遅かったり」
カナメは黙ってうなずいた。ユイが隣で静かに座っている。
「ケンカしたわけじゃないし、多分……いや、絶対、私なんか悪いことしたんじゃないと思うんだけど」
「その“多分”ってのが一番引っかかってるんだろ?」
カナメがそう言うと、リコは少しだけ笑った。でも、目は笑っていなかった。
「……うん。あの子が何を考えてるのか、全然わかんない」
カナメは立ち上がった。
「よし、んじゃその友達に会いに行こうか」
リコは一瞬戸惑ったように目を見開いたが、すぐにうなずいた。
「……うん。会って、ちゃんと話す」
ユイはそのやりとりを黙って見守っていた。
放課後。
リコが案内したのは、駅前の小さな公園だった。
「たぶん、ここにいると思う。最近、よくひとりでぼーっとしてるから」
ベンチの脇に、制服姿のマナが座っていた。白いパーカーのフードをかぶって、顔を上げた。
「あれ、リコ……と、誰?」
「……ユイちゃんっていうの。話を聞いてくれる人」
マナは少し驚いたようにカナメとユイを見て、それから小さく笑った。
「なにそれ、面白いね。じゃあ、リコの愚痴でも聞いてくれるの?」
「……逆。私が聞きたい」
リコが言った。声がかすかに震えていた。
「マナ、あんた……ほんとは、何隠してんの?」
マナは少しだけ俯いた。
「……なんで?」
「笑ってるけど、笑ってない。最近ずっとそう。ずっと言おうと思ってた。怖くて言えなかった。でも今、ちゃんと聞きたい」
マナはゆっくりと顔を上げた。
「……なんかさ、体調悪い日が増えたってだけだよ。ほら、季節の変わり目だし」
軽く笑うマナの口調に、どこか無理があった。
「……嘘。そんな軽いもんじゃないでしょ?」
リコの声が少しだけ強くなる。
マナは視線をそらして、沈黙した。指先が膝の上でぎゅっと握られている。
「……言いたくないなら、無理にとは言わない。でも、私だけが知らないってのは……正直、つらい」
しばらくの沈黙の後、マナは小さく息を吐いた。
「……ほんとはさ、言うつもりなかった。でも、ここに連れてこられて……あんたの顔見たら、もう無理だわ」
声が震えていた。
「……えっとね、なんか、骨にできるがんの一種で、若い人に多いんだって」
マナは淡々と話すよう努めていたが、唇の端がかすかに震えていた。
「最初は足がちょっと痛いくらいで……でも検査したら、もう転移してて。今は抗がん剤で抑えてるけど、効果は微妙でさ」
その場の空気が冷たくなったように感じた。
「お医者さんには言われた。たぶん、余命は1年くらいだろうって」
リコの表情が固まる。
「……なんで黙ってたの?」
「言ったら、絶対、泣くでしょ。変わっちゃうでしょ、全部」
「ふざけないでよ!!」
リコの声が裏返った。次の瞬間、彼女は立ち上がり、マナの肩を両手でぐいっとつかんだ。
「こんな大事なこと、なんで私だけ蚊帳の外なの!? ふたりで何年一緒にいたと思ってんの!? 私……っ、私だって……っ」
リコの目に涙があふれる。
「……こうなるって、わかってたからでしょ!」
マナも目を見開いたまま、リコの手を振り払う。
「そうだよ! あんたが泣くのも、怒るのも、全部わかってた! だから言えなかったんだよ!!」
互いの声が重なり、鋭くぶつかる。
その直後、マナの視線が揺れる。わずかに目を伏せ、肩が落ちた。
「……言えるわけないじゃない……」
ぽつりと、マナがつぶやくように言った。
「立場が逆だったら、あんただって、絶対言えなかったよ……」
その声には怒りでも悲しみでもない、ただひとつの本音がにじんでいた。
ユイは何も言わず、ただその場で静かに立っている。
空気が張り詰めたまま、ふたりは涙をこらえて睨み合っていた。
「勝手に決めないでよ!」
リコの声が大きくなった。
「私はずっと隣にいたのに……なんで何も言ってくれなかったの!? なにそれ、ズルいよ……」
マナの手が震える。
「だって……怖かったんだよ。リコまでいなくなっちゃうの、怖くて」
ユイは何も言わない。ただ、その場に立って見守っている。
カナメも、言葉を挟めずに立ち尽くしていた。
リコはふらりと数歩後ずさり、そして踵を返した。
「……やだ、ちょっと、無理、意味わかんないよ……」
そう呟くように言って、そのまま走り出した。
「リコ!」
マナが呼び止めるが、彼女は振り返らない。
背中が遠ざかっていく。春の風が、行き場のない想いをかき消した。
その場に残されたマナは、何かを飲み込むようにうつむいた。
夕方。
団地の階段を降りながら、カナメは空を見上げた。
「結局、何もできなかったな……」
ユイはいつものように何も言わない。ただ、立ち止まって空の色を見つめている。
「でも、あれが“本音”ってやつなんだな……なんか……泣けるよな」
カナメの声はかすれていた。
ユイがそっと隣に立つ。二人の影が並んで長く伸びていた。
数日後。
カナメのスマホに、また一通のDMが届いた。
《カナメくんへ。マナです。突然ごめんね。この前は、いろいろありがと。……少し、話を聞いてもらえないかな》
短い文面。でも、その奥に込められた迷いや決意が読み取れた。
カナメはスマホを見つめながら、息を吐いた。
「……ユイ、今度はマナさんからみたいだ」
ユイは黙ってうなずいた。
次回、『死ぬまでにしたい1000のこと(後編)』へ続く。