表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/35

死ぬまでにしたい1000のこと(前編)

 


 「なあユイ、今日の相談、ちょっと特別かもな」


 カナメはスマホを見ながらユイに言った。


「相手はリコって子。DMで直接連絡が来た。高2らしい。なんでも、幼稚園からの親友が最近様子がおかしいって」


 ユイは隣で静かに立っていた。その目は、すでにどこか遠くを見ているようだった。


 数日後、約束の放課後。


 団地の空き部屋。ユイは座布団の上で静かに座っている。


 扉がノックされ、カナメが開けると、リコが立っていた。


「はじめまして。リコです」


 少し硬い声。でも、目は真剣だった。


「……あの、最近、親友の様子が変なんです。マナっていう子なんですけど」


 リコは話し出した。最初はどこか探るように、軽く、慎重に。


「笑ってるけど、目が笑ってないっていうか……急に一人で帰ったり、LINEの返事も遅かったり」


 カナメは黙ってうなずいた。ユイが隣で静かに座っている。


「ケンカしたわけじゃないし、多分……いや、絶対、私なんか悪いことしたんじゃないと思うんだけど」


「その“多分”ってのが一番引っかかってるんだろ?」


 カナメがそう言うと、リコは少しだけ笑った。でも、目は笑っていなかった。


「……うん。あの子が何を考えてるのか、全然わかんない」


 カナメは立ち上がった。


「よし、んじゃその友達に会いに行こうか」


 リコは一瞬戸惑ったように目を見開いたが、すぐにうなずいた。


「……うん。会って、ちゃんと話す」


 ユイはそのやりとりを黙って見守っていた。


 放課後。


 リコが案内したのは、駅前の小さな公園だった。


「たぶん、ここにいると思う。最近、よくひとりでぼーっとしてるから」


 ベンチの脇に、制服姿のマナが座っていた。白いパーカーのフードをかぶって、顔を上げた。


「あれ、リコ……と、誰?」


「……ユイちゃんっていうの。話を聞いてくれる人」


 マナは少し驚いたようにカナメとユイを見て、それから小さく笑った。


「なにそれ、面白いね。じゃあ、リコの愚痴でも聞いてくれるの?」


「……逆。私が聞きたい」


 リコが言った。声がかすかに震えていた。


「マナ、あんた……ほんとは、何隠してんの?」


 マナは少しだけ俯いた。


「……なんで?」


「笑ってるけど、笑ってない。最近ずっとそう。ずっと言おうと思ってた。怖くて言えなかった。でも今、ちゃんと聞きたい」


 マナはゆっくりと顔を上げた。


「……なんかさ、体調悪い日が増えたってだけだよ。ほら、季節の変わり目だし」


 軽く笑うマナの口調に、どこか無理があった。


「……嘘。そんな軽いもんじゃないでしょ?」


 リコの声が少しだけ強くなる。


 マナは視線をそらして、沈黙した。指先が膝の上でぎゅっと握られている。


「……言いたくないなら、無理にとは言わない。でも、私だけが知らないってのは……正直、つらい」


 しばらくの沈黙の後、マナは小さく息を吐いた。


「……ほんとはさ、言うつもりなかった。でも、ここに連れてこられて……あんたの顔見たら、もう無理だわ」


 声が震えていた。


「……えっとね、なんか、骨にできるがんの一種で、若い人に多いんだって」


 マナは淡々と話すよう努めていたが、唇の端がかすかに震えていた。


「最初は足がちょっと痛いくらいで……でも検査したら、もう転移してて。今は抗がん剤で抑えてるけど、効果は微妙でさ」


 その場の空気が冷たくなったように感じた。


「お医者さんには言われた。たぶん、余命は1年くらいだろうって」


 リコの表情が固まる。


「……なんで黙ってたの?」


「言ったら、絶対、泣くでしょ。変わっちゃうでしょ、全部」


「ふざけないでよ!!」


 リコの声が裏返った。次の瞬間、彼女は立ち上がり、マナの肩を両手でぐいっとつかんだ。


「こんな大事なこと、なんで私だけ蚊帳の外なの!? ふたりで何年一緒にいたと思ってんの!? 私……っ、私だって……っ」


 リコの目に涙があふれる。


「……こうなるって、わかってたからでしょ!」


 マナも目を見開いたまま、リコの手を振り払う。


「そうだよ! あんたが泣くのも、怒るのも、全部わかってた! だから言えなかったんだよ!!」


 互いの声が重なり、鋭くぶつかる。


 その直後、マナの視線が揺れる。わずかに目を伏せ、肩が落ちた。


「……言えるわけないじゃない……」


 ぽつりと、マナがつぶやくように言った。


「立場が逆だったら、あんただって、絶対言えなかったよ……」


 その声には怒りでも悲しみでもない、ただひとつの本音がにじんでいた。


 ユイは何も言わず、ただその場で静かに立っている。


 空気が張り詰めたまま、ふたりは涙をこらえて睨み合っていた。


「勝手に決めないでよ!」


 リコの声が大きくなった。


「私はずっと隣にいたのに……なんで何も言ってくれなかったの!? なにそれ、ズルいよ……」


 マナの手が震える。


「だって……怖かったんだよ。リコまでいなくなっちゃうの、怖くて」


 ユイは何も言わない。ただ、その場に立って見守っている。


 カナメも、言葉を挟めずに立ち尽くしていた。


 リコはふらりと数歩後ずさり、そして踵を返した。


「……やだ、ちょっと、無理、意味わかんないよ……」


 そう呟くように言って、そのまま走り出した。


「リコ!」


 マナが呼び止めるが、彼女は振り返らない。


 背中が遠ざかっていく。春の風が、行き場のない想いをかき消した。


 その場に残されたマナは、何かを飲み込むようにうつむいた。


  夕方。


 団地の階段を降りながら、カナメは空を見上げた。


「結局、何もできなかったな……」


 ユイはいつものように何も言わない。ただ、立ち止まって空の色を見つめている。


「でも、あれが“本音”ってやつなんだな……なんか……泣けるよな」


 カナメの声はかすれていた。


 ユイがそっと隣に立つ。二人の影が並んで長く伸びていた。


  数日後。


 カナメのスマホに、また一通のDMが届いた。


《カナメくんへ。マナです。突然ごめんね。この前は、いろいろありがと。……少し、話を聞いてもらえないかな》


 短い文面。でも、その奥に込められた迷いや決意が読み取れた。


 カナメはスマホを見つめながら、息を吐いた。


「……ユイ、今度はマナさんからみたいだ」


 ユイは黙ってうなずいた。


 次回、『死ぬまでにしたい1000のこと(後編)』へ続く。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ