表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/35

自称・恋と知性の貴公子

 


「やあやあやあ、久しぶりだね、我が従弟いとこよ!」


 その日、カナメの家に突如現れたのは、光を反射するサングラスに、白シャツをバッサバサに開けた大学生──ソウタだった。


「帰れ」


 開口一番、カナメは玄関で即ツッコミ。


「いやいやいや、君という人間はいつもツンツンしているな。だがそれがまた、愛おしい」


「愛おしくねぇよ。で、何しに来た?」


「うむ。最近“耳だけで恋が生まれる奇跡の相談員”なる人物がいると聞いてね。恋に生きるこの私、興味を惹かれずにはいられなかったのだよ!」


「それ絶対ユイちゃんのことだろ。あの子、しゃべらないけど」


「そこがいい!」


 ソウタはバッとポーズを決めて、壁にもたれた。


「しゃべらぬこと、すなわち語りすぎること。無言の沈黙にこそ、愛の深みがある……!」


「おまえほんとに大学通ってんの?」


「愛に学歴は不要だよ、カナメくん」


「いや履修登録はして」


  *


 リビングで正座するソウタ。


 ユイはちゃぶ台を挟んで、いつものように麦茶を飲んでいた。


「さあ、聞いておくれ、我が愛の遍歴──」


 カナメ「おい待て、それ“相談”じゃねえ、“自慢”だ」


「大学の講義で出会った彼女はね、最初は僕のことを『うさんくさい』と言ったのだが、次第にその魅力に気づき──」


「うさんくささ倍増してる今」


「でも彼女は、“バンドマンと付き合う”と去っていった……そのとき僕は気づいたのだよ、恋とは刹那の光! 君はわかるかね、ユイ嬢」


 ユイ、麦茶をすする。


「見ろ、この沈黙。これこそ“了解”のサインだ」


 カナメ「ちげーよ。あきれてんだよ」


「ちなみにあだ名は“フラれたナルシスト”らしい。だが誤解だ」


「いやだいぶ正確な分類だよそれ」


「ふっ、だが僕は折れない。恋と詩、そして君たちのような平民の暮らしに触れることで、僕は人間的にも深まって──」


「その“平民”ってワード出た時点で説得力ゼロな」


  *


 それから1時間。


 ソウタの“恋愛モノローグ”は延々と続いた。


「……そして僕は思うのだ。恋愛においてもっとも大事なのは──」


「帰れって言っただろ最初に」


「ふっ、これでも僕はね、恋愛心理学A+を取った男だ」


「それ絶対“出席して黙ってただけ”だろ」


「それを言うなら、僕は“黙して語る”を学んだのさ」


「だからもう黙っててくれ」


「ちなみに今日の香水は“フランスの憂鬱”だ」


「うるさいし名前のクセが強いんだよ」


「ユイ嬢、僕の心の香り、届いてるかい……?」


 ユイ、麦茶をすする。


「くっ……完璧なリアクション」


「そう思ってるの、おまえだけだよ」


  *


 その後、ミナが帰宅。


「お兄ちゃん、今日のお客さん、誰? キラキラしてる!」


「キラキラっていうかギラギラっていうか」


「はじめまして、小さき天使よ。僕の名はソウタ、恋と知性の貴公子──」


「うわ、なんかセリフがアニメっぽい!」


「よく言われる!」


「言われるんかい」


  *


 最後、ソウタは立ち上がり、ユイに深々とお辞儀をした。


「ありがとう、ユイ嬢。今日この時間が、僕の新たなインスピレーションとなった。今度はぜひ、愛について“共に”語り合おう」


 ユイ、無言で冷茶を差し出す。


「おお……! この沈黙とお茶! まさに一期一会!!」


「うるせぇ、茶だけ飲んで帰れ!!」


 ソウタは薔薇の香りをまき散らしながら、満足げに去っていった。


 カナメはそのあと、10分間無言で麦茶を飲んでいた。


 ユイはとなりで、何も言わずにおかわりを注いだ。


 カナメ「……なんか、俺が一番相談したくなってきたわ」


 ユイ、コクリ。


 まさかの“了解”。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ