自称・恋と知性の貴公子
「やあやあやあ、久しぶりだね、我が従弟よ!」
その日、カナメの家に突如現れたのは、光を反射するサングラスに、白シャツをバッサバサに開けた大学生──ソウタだった。
「帰れ」
開口一番、カナメは玄関で即ツッコミ。
「いやいやいや、君という人間はいつもツンツンしているな。だがそれがまた、愛おしい」
「愛おしくねぇよ。で、何しに来た?」
「うむ。最近“耳だけで恋が生まれる奇跡の相談員”なる人物がいると聞いてね。恋に生きるこの私、興味を惹かれずにはいられなかったのだよ!」
「それ絶対ユイちゃんのことだろ。あの子、しゃべらないけど」
「そこがいい!」
ソウタはバッとポーズを決めて、壁にもたれた。
「しゃべらぬこと、すなわち語りすぎること。無言の沈黙にこそ、愛の深みがある……!」
「おまえほんとに大学通ってんの?」
「愛に学歴は不要だよ、カナメくん」
「いや履修登録はして」
*
リビングで正座するソウタ。
ユイはちゃぶ台を挟んで、いつものように麦茶を飲んでいた。
「さあ、聞いておくれ、我が愛の遍歴──」
カナメ「おい待て、それ“相談”じゃねえ、“自慢”だ」
「大学の講義で出会った彼女はね、最初は僕のことを『うさんくさい』と言ったのだが、次第にその魅力に気づき──」
「うさんくささ倍増してる今」
「でも彼女は、“バンドマンと付き合う”と去っていった……そのとき僕は気づいたのだよ、恋とは刹那の光! 君はわかるかね、ユイ嬢」
ユイ、麦茶をすする。
「見ろ、この沈黙。これこそ“了解”のサインだ」
カナメ「ちげーよ。あきれてんだよ」
「ちなみにあだ名は“フラれたナルシスト”らしい。だが誤解だ」
「いやだいぶ正確な分類だよそれ」
「ふっ、だが僕は折れない。恋と詩、そして君たちのような平民の暮らしに触れることで、僕は人間的にも深まって──」
「その“平民”ってワード出た時点で説得力ゼロな」
*
それから1時間。
ソウタの“恋愛モノローグ”は延々と続いた。
「……そして僕は思うのだ。恋愛においてもっとも大事なのは──」
「帰れって言っただろ最初に」
「ふっ、これでも僕はね、恋愛心理学A+を取った男だ」
「それ絶対“出席して黙ってただけ”だろ」
「それを言うなら、僕は“黙して語る”を学んだのさ」
「だからもう黙っててくれ」
「ちなみに今日の香水は“フランスの憂鬱”だ」
「うるさいし名前のクセが強いんだよ」
「ユイ嬢、僕の心の香り、届いてるかい……?」
ユイ、麦茶をすする。
「くっ……完璧なリアクション」
「そう思ってるの、おまえだけだよ」
*
その後、ミナが帰宅。
「お兄ちゃん、今日のお客さん、誰? キラキラしてる!」
「キラキラっていうかギラギラっていうか」
「はじめまして、小さき天使よ。僕の名はソウタ、恋と知性の貴公子──」
「うわ、なんかセリフがアニメっぽい!」
「よく言われる!」
「言われるんかい」
*
最後、ソウタは立ち上がり、ユイに深々とお辞儀をした。
「ありがとう、ユイ嬢。今日この時間が、僕の新たなインスピレーションとなった。今度はぜひ、愛について“共に”語り合おう」
ユイ、無言で冷茶を差し出す。
「おお……! この沈黙とお茶! まさに一期一会!!」
「うるせぇ、茶だけ飲んで帰れ!!」
ソウタは薔薇の香りをまき散らしながら、満足げに去っていった。
カナメはそのあと、10分間無言で麦茶を飲んでいた。
ユイはとなりで、何も言わずにおかわりを注いだ。
カナメ「……なんか、俺が一番相談したくなってきたわ」
ユイ、コクリ。
まさかの“了解”。