ネトゲの女神がリアルにいた件
「マジで……あの“癒し系ヒーラー”がリアルにいたって、どういうことなんだ……」
日曜の午後、カナメの家のちゃぶ台を囲んで、ひとりの男子が頭を抱えていた。彼の名は小林タクミ。やや陰キャ寄り、しかし一部で“丁寧な物腰のネトゲ紳士”として知られる男である。
「っていうかお前、そんなに恋してたのかよ、ゲームの中のやつに」
「いや、ほんと違うんだよ!最初はただのPTメンバーだったのに、気づいたら毎日ログインしてて……それで、ある日突然、その人から“しばらくインできません”ってチャットが来て……俺、死んだ」
「生きてるけどな」
カナメは冷静につっこみながら、隣のユイに目をやった。
ユイは、ちゃぶ台の上に置かれた麦茶をすする。相変わらずの無言。今日も聞く体勢は万全だ。
「で? なんでその“ヒーラーさん”がユイちゃんかもしれないって思ったんだ」
「いや……その、雰囲気が似てて……あと、ユイちゃんのID、“Yui_Lily”って見たことあるような気がして……」
カナメ、むせる。
「待て、まさかとは思うけど……」
「ねぇユイちゃん、もしかして“Lily of Sanctuary”っていうギルド知ってたり──」
ユイ、無言でお茶のおかわりを注ぐ。
「……っぽい……それっぽい……!」
「落ち着け。確証どこにもないからな!」
「でもあのとき、ボス戦の最中、絶妙なタイミングでヒール飛ばしてくれて……それがさ、今日この部屋に入ったときのユイちゃんの“目線の動き”とそっくりだったんだよ!」
「お前の観察力が怖いわ!」
「しかも“Lily”さんもしゃべらなかったんだ……何があってもチャット返してくれなかった。でも、こっちの言葉には、黙ってついてきてくれた……」
「もうそれ、完全にユイちゃんじゃんって言ってほしいのかよ」
ユイは、ほんの少しだけまばたきした。
「……今、まばたきした!これ、肯定サインじゃね!?」
「いや、ただの生理現象!」
*
リビングには、ユイを中心にした謎の緊張感が漂っていた。
タクミは思いつめたように正座し、スマホの画面を何度もスクロールしては、「このときのログ、これ……心がこもってるよなぁ……」とつぶやく。
カナメはその横でポテチの袋をバリバリ開けながら、呆れ顔をしている。
「おまえ、ユイちゃんが“中の人”だったらどうすんだよ」
「……逆に嬉しい。いや、ちょっと困る。いや、でも運命……?」
「ブレブレか!」
「というかユイちゃん、ゲームやるの? スマホ持ってる?」
ユイ、無言。だがわずかに首をかしげた。
「かしげた!? 謎は深まるばかり……」
*
30分後。相談というより“推理大会”を終えたタクミは、妙にすっきりした顔で玄関に立っていた。
「ありがとう、ユイちゃん……今日、話せてよかった……なんか、前に進めそうな気がする」
「だからユイちゃんは何も言ってねぇのよ」
「いや、でも聞いてくれたってことが大事なんだよ。たぶん、“Lily”も、そうだったんだ……」
カナメ「その“Lily”の話、永遠に続けられるだろ、おまえ」
「また来るわ」
「やめろ」
玄関を閉めたあと、カナメが振り返ると、ユイはちゃぶ台の上で正座したまま、静かに麦茶をすすっていた。
「……なあ、ユイちゃん。もしかして、ほんとにお前──」
ユイ、コクリと一口。
「……なにも言わねえ……だからこそ怖ええ……」
──真実は、彼女の沈黙の奥に眠っていた。