恋の行方はユイちゃん次第
「ユイちゃんって、恋愛相談とかも聞くの?」
放課後の教室。カナメがプリントを配っていると、背後から馴れ馴れしい声が飛んできた。
「おまえまた来たのかよ、コウジ」
「だってよ、あの“聞くだけでなんか救われる少女”って今、学内で伝説だぜ?」
「どこ情報だよ」
そこにもう一人、やたら爽やかスマイルの男子が割って入る。
「実は僕も相談が……」
「ユウト、お前もか!」
カナメの机の上には、すでに「今日の相談メモ」として大量の付箋が積み上がっていた。
*
日曜の昼。カナメ家のリビングは男子高校生3人でパンパンだった。
「オレ、どうしてもさ、あの子に告白したいんだけど、タイミングがわかんなくてさ……」
「うんうん、で? 何回話しかけた?」
「……まだない」
「ゼロ!? それで相談来たの!?」
隣でユウトが手を挙げる。
「僕は逆に、もう5回告白して全部スルーされてるんだ」
「それもすごいな!? スルーってなに!? 無視!?」
「笑顔で“ありがとう”って言われるだけ」
「それ一番ダメなやつ!!」
カナメは頭を抱える。ユイはというと、静かに座ってお茶をすするだけ。
「……なあ、本人が何も言わないっていうのに、よく相談しようと思ったな」
「だって、空気がさ……“聞いてくれる”感がすごい」
「これ、完全に宗教始まってない!?」
*
話はどんどん迷走する。
「いや、やっぱり俺、手紙書こうかな」
「いや、それは古いよ。いまはインスタのストーリーに思いを乗せて──」
「おまえの恋愛、ポエムなのか!?」
「ユイちゃん、どう思う!?」
全員が一斉にユイの方を向く。
ユイ、静かに麦茶を飲み干す。
「……無敵かよ」
カナメのツッコミがむなしく響いた。
*
最終的に、二人は何の進展もないまま帰っていった。
「ありがとな、ユイちゃん……なんか、スッキリしたわ」
「“ありがとう”しか言ってなかったけどな」
玄関で見送るカナメの背中に、ミナがこっそり言う。
「お兄ちゃんも、いつか相談するんでしょ? 恋のこと」
「やめろ。聞いてもらう前に、説教される気しかしない」
背後のユイは、無言のまま窓を開けて風を通していた。
──恋愛相談でさえ、彼女にかかればただの空気清浄だった。
*
翌週。
ミナがクラスの友達にこう言ったのがきっかけだった。
「うちにね、めっちゃ聞いてくれるお姉ちゃんがいるの。恋の話とか、友情の話とか、ぜーんぶ聞いてくれるよ!」
土曜の午後、カナメが部屋から出てくると、リビングには見知らぬ女子小学生の群れが座っていた。
「え、なにこれこわい」
輪の中心に、正座で囲まれるユイ。
「あのね、学校でね、○○ちゃんがね、私のこと“あいつ”って言ったの!」
「私は将来、アイドルになるべきか迷ってるの!」
「ユイお姉ちゃん、こっちのネイルとこっち、どっちがいいと思う?」
ユイ、無言。
その顔は……魂が抜けていた。
「……ユイちゃん、目が死んでる」
「というか、これはもうカウンセラーじゃなくて捕まった聖人だろ……」
そしてその日から、ユイの週末は予約制となったという──。