『ひとりじゃ歌えない』
夜のカナメの部屋
深夜、カナメの部屋にスマホの通知音が鳴り響く。画面には、SNSの通知が止まらず流れていた。
「なんだこれ……バズってる? てか、DM……“Aira”? 本物かよ……」
カナメは驚きとともに画面をのぞきこみ、表示されたDMのメッセージを読み上げた。「相談してみたいです」
部屋の隅、ベッドの端に座るユイは無言で飴を口に含みながら、その様子をちらりと見やる。
「なあユイ、これどうする? 有名人だぞ」
ユイは答えない。ただ、ゆっくりとスマホの画面をのぞき込んで、まばたきを一度だけした。
翌日・カフェ
おしゃれなカフェの窓際の席。目の前に現れたのは、鮮やかな髪色ときらびやかな服を着た少女――Airaだった。
「うわー、ほんとに来てくれたんだ。ありがと! あたし、Aira。……って、知ってるよね」
「ああ、知ってるよ。すごい再生数だもんな」カナメは少し気圧されながら答える。
「うん……数字だけはね。でも最近、ライブが怖くなっちゃってさ」
「怖いって……ステージが?」
Airaはコーヒーのカップを両手で包むように持ちながら、視線を落とした。
「“誰もほんとは聴いてないんじゃないか”って思うの。コメントも、ファンも、みんなうわべだけな気がして……」
彼女の声が徐々に小さくなる。その裏には、過去のある出来事が影を落としていた。
「……一番最初に応援してくれた子、いたんだ。リアルの友達で、私が初めて投稿した歌を褒めてくれてさ。ずっと一緒にいた。けど……ある日、炎上したときに、黙って私を切ったの。ブロックもされて、DMも既読にならない。あの子にも、“本当はそう思ってなかった”って、そう思っちゃって……」
カナメは息をのんだ。Airaは表面では強く振る舞っているが、その内面には深い孤独が渦巻いていた。
ユイは静かに自分のスマホを取り出し、ある動画をAiraに見せる。そこには、彼女の過去の投稿が再生されていた。動画の下には、こう書かれたコメントが表示されている。
「この歌で、生きようと思えました」
Airaは小さく息を呑み、顔を上げてユイの顔を見る。
「……あなた、これ……」
ユイはただ、静かにうなずいた。
「……届いてたんだね。ほんとに……」
カフェの外
その場を離れようとしたとき、カナメがふと立ち止まって言った。
「なあ、その友達……会いに行ってみないか?」
Airaは驚いたように瞬きをした。「……今さら、何を話せばいいのかわからないよ」
「何も言わなくていい。ただ、顔を見せに行くだけでもいいんじゃないかって思ったんだ」
ユイも、無言でうなずいた。
Airaはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと息を吐き出して答えた。「……うん。行ってみる」
別れ際、Airaはスマホを握りしめたまま、表情をやわらかくした。
「話せてよかった。誰かが聴いててくれるって、やっと信じられたかも」
「……俺ら、ただの相談屋だけど、またなんかあったらな」
ユイはカバンの中から飴を取り出して、Airaにそっと差し出す。
Airaは微笑みながらそれを受け取った。
「これ……ありがと、ユイちゃん」
数日後・カナメの部屋
カナメはスマホを見つめていた。画面には、Airaの新曲投稿が表示されている。そのキャプションには、一言だけ添えられていた。
「ありがとう、ユイちゃん。」
「ついに本名出たな、ユイ」
隣にいたユイは無表情のまま、ポケットから飴玉を取り出してカナメの口に放った。
「おいっ……味は分かってんのか、それ」
窓の外、秋の風がカーテンを揺らしていた。