『ユイ、お笑い研に入門す ~笑い声のないコントは成立するか?~』
「ユイ嬢を……お笑い研究会に連れてきてくれたまえ」
教室で唐突にそんなことを言い出したのは、やっぱりソウタだった。
「……今度は何だよ」
「文化祭に向けたネタがスランプらしくてな。彼らには“沈黙の導き手”が必要なんだ」
もう何も言いたくないカナメだったが、気づけばユイと一緒にお笑い研究会の部室にいた。
「おぉ……来たか、“沈黙のアーティスト”!」
出迎えたのは、スーツ姿に冷蔵庫マスクという異様な男。
「会長のドン・フリッジです。ネタの冷蔵保存ならお任せを」
カナメが振り返ると、部室の中にはさらに二人の濃すぎる面子が。
「ツッコミ担当、ガチモト。ツッコむことでしか生を実感できない男だ」
「研究担当、シオミ。笑いは“脳波”で定量化できると信じている」
「……なんなんだこの部は」
ユイは何も言わず、ただ部室の真ん中に立っていた。
その姿を見て、ドン・フリッジの目が輝く。
「ネタ開始……!」
【即興コント:『ピースの真意』】
ユイ、無言でピースサイン。
「……出た!静かな挑発!」
「ツッコミ入れたいが……タイミングがねぇッ!」
「ボケなのか!?ただの挨拶なのか!?“判断保留型ユーモア”ッ!」
笑えないのに、なんかおかしい。
なんか笑っちゃう。
【第二幕:沈黙vs過剰反応】
ユイがスリッパを逆に履いて登場。
「うぉぉぉッ!!」
「なんでやねん!!」
ガチモト、反射でツッコミを入れようとするも、ユイがまったく反応しない。
ツッコミという行為が、まるで空中に消えていくような感覚。
「返しが……返しがこない!ツッコミがただの悲鳴になる……ッ!!」
【第三幕:沈黙というネタ】
ドン・フリッジが、しみじみと呟く。
「彼女は……笑わせようとしてない。だが、それが逆に……恐ろしいほどの“間”を生み出す……」
シオミがノートPCで分析結果を出す。
「笑いの脳波、観客からしか出ていません。つまり、彼女は笑いを“発信”してない。
……“場”を生んでいるだけ」
カナメ「……もはやコントって何なんだ」
【文化祭当日:無言のステージ】
照明が当たる中、ユイがただステージに立つ。
何も喋らない。動かない。ただ一点を見つめている。
――10秒後、笑いが起こる。
――30秒後、爆笑が走る。
――1分後、観客は涙を流している。
(なぜ……笑ってるのかすら、わからない)
気づけば、会場はスタンディングオベーション。
ナレーション(ソウタの声):
「それは、“笑い”ではなかった。“ユイ”だった」
カナメは客席の後ろで、ぽつりと呟く。
「……くそ、なんか悔しいな」
ふと気づけば、自分も笑っていた。
後日――。
学園中の掲示板に、こう書かれたポスターが貼られる。
『無言のコント “黙笑”』
そこには、無表情のままピースサインをするユイの写真。
笑い声はなかった。
でも、すべての観客が「笑った」と証言した。




