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『ユイ、舞台に立つ ~沈黙の演技は感情を超える~』


「主演女優が倒れたの!? このタイミングで!?」


 演劇部部長・ミカが、ソウタにすがりついていた。


「本番は明日よ!台本は差し替え不可!『声なき少女の手紙』、どうすんのよ!」


「ふむ……ならば、“本物の声なき少女”を配役しよう」


 ソウタが静かに横を指すと、そこには──

 いつも通り無表情なユイが立っていた。


「まさか……あの子が!? 演技とか……」


「大丈夫だ。彼女は“演じない”。それが最高の演技だからな」


 本番当日。

 幕が上がると、舞台中央にたたずむユイの姿。

 観客のざわめきが、次第に静まっていく。


 ──劇中劇『声なき少女の手紙』──

(舞台。部屋のセット。机の上に手紙。ユイ、ゆっくり歩いてくる)


(照明、やや青白い)


(ユイ、椅子に座り、手紙に手を伸ばしかけ──止める)


 兄役(演劇部員):「お前は、いつも何も言わないな」


(ユイ、兄の方を見る。ただ、見つめるだけ)


 兄役:「でも……オレは分かってるつもりだった。お前が笑わなくなった理由も──」


(ユイ、そっと俯き、机の角を指でなぞる)


 母役(演劇部員):「届かなかったのよ、その手紙……あなたが書いた、最後の……」


(ユイ、手紙を握る。だが、破かない。ただ胸に当てる)


(5秒の沈黙)


(観客席から、すすり泣きが漏れる)


 ナレーション(ソウタの声):「彼女は、言葉をなくしたのではない。

 言葉の重さを、知りすぎてしまっただけ──」


(ユイ、ゆっくりと立ち上がり、舞台奥へ歩き出す)


(手紙を持ったまま、振り返らずに)


 兄役(震え声):「……届いてたんだよ、ずっと前から」


(照明がゆっくり落ちる)


 ──幕。


(暗転の後、拍手の波が一拍遅れて湧き上がる)


「……すごかった……」


 ミカが舞台袖で、放心したようにつぶやいた。


「ただ立ってただけなのに……なんであんなに……」


「……“言わない”ことの演技って、初めて見た……」


 ナオ(脚本担当)は、自分の書いたセリフを握りしめながら呟いた。


「……なんか、言葉、いらなかったのかもしれないな……」


 カナメは客席の後ろで黙って見ていた。

 気づけば、自分の頬にもひとすじ、涙が流れていた。


「……あれ、俺も泣いてたな……なんでだ?」


 隣のソウタが微笑む。


「それが“演技”だよ、カナメくん」


 文化祭終了後。


 ユイがふと、舞台に置かれた手紙の小道具を拾い、カナメに差し出す。


 カナメ「……ん? なんだこれ──“ありがとう”? 手書き?」


 ユイ、無言でコクリ。


「……お前、そんなとこだけ演技すんなよ……」


 でも少しだけ、嬉しかった。



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