ユイ、雪山で黙す ~凍てつく夜と、沈黙の証言~
正月休み。母アヤの提案で、カナメ一家+ユイは、知人の別荘に泊まることになった。
「たまにはのんびり温泉でも入って、ゆっくりしようよ。ユイちゃんも、ね?」
アヤの強引な笑顔に、カナメは渋々うなずいた。
「俺、正月ってテレビでだらだらするもんだと思ってたんだけど……」
ミナは大喜びで雪遊びの準備中。
ユイは黙って、セーターの袖を伸ばしていた。
*
雪深い山間のロッジ。暖炉、木の香り、そして窓の外は一面の銀世界。
「うわー!ほんとに別世界だね!」
その夜、アヤが鍋を囲んで語った。
「ここ、実は昔……ちょっとした事件があったんだって。知人の知人が、吹雪の夜に姿を消して……」
カナメ「そういうの先に言ってくれよ!」
アヤ「だって、ミステリードラマっぽくて盛り上がるじゃない?」
ミナ「こわいけど……ちょっとわくわくするかも」
ユイは、湯気の向こうでじっと鍋を見つめていた。
*
その夜。
吹雪が窓を叩く音。時折、ロッジの軋む音。
ふとカナメが目を覚ますと──居間の窓が、わずかに開いていた。
「……え?誰か外出た?」
廊下に足跡。靴箱にはブーツが一足、消えている。
「ミナか?ユイか?いや、まさか母さん……?」
家中を探すも誰もいない。だが、リビングの隅に──手書きのメモ。
『わたしが、やりました』
震える字で、ただそれだけ。
*
カナメが外へ飛び出す。
だが視界は吹雪で真っ白。
数分後、ユイが無言でカナメの腕を引き戻した。
その手は、いつになく強く、冷たかった。
「ユイ……?」
ユイは、テーブルの上のメモを指差し、そして暖炉の灰に視線を移す。
「……燃えた紙……?あのメモ……誰かが書いた“ふり”を……」
そして、ユイは棚の上に飾られていた古い写真立てを取る。
写っていたのは、この山荘を所有していた初老の男性と──その隣に立つ女性。
アヤだった。
*
真夜中、アヤが帰ってきた。
「ごめん、ちょっと外の空気吸いたくなって……え?なにその顔?」
カナメ「……母さん、この別荘……どういう場所なの?」
アヤ「……あの人は、私の恩人だった。私が若い頃、ちょっと家出して、あの人に世話になってて……亡くなったの、十年前。でもね、誰も信じてくれなかった。私が最後に会った人だったから」
ユイ、そっと手を伸ばして、アヤの手を握る。
アヤの目に、じわりと涙。
「ありがとう、ユイちゃん。なんか、やっと話せた気がする」
*
翌朝。
雪は止み、空は澄みわたっていた。
ユイは縁側に座って、麦茶を飲んでいる。
カナメ「……なあ、なんでお前は何も言わないのに、全部わかってんだよ」
ユイはいつも通り、何も答えず、ただ雪原を見つめていた。
──静かな年のはじまり。沈黙の中で、確かに心は通じていた。




