「え? 令和に家なき子ってマジ?」
「で、あの後さ、マジで相談の予約入ったんだけど。SNSに『話聞いてくれる女の子がいる』って書いたら、ガチのDMきてさ……すげぇよお前、もうインフルエンサーじゃん」
午後の公園。ベンチの上で、カナメは一人で喋りまくっていた。
ユイはいつものように無言。だが、それがむしろ落ち着く。
「なあ、思うんだけどさ……お前、実は超高性能AIなんじゃね? 話すことじゃなくて、“聞くこと”で人間の心を読み取って、最適な無反応を返す的な……名前、Y.U.Iとか」
ユイは無表情のまま、咀嚼していたパンの袋をたたむ。
「……いや、違うか。そんな高性能AIがな、パーカーのポケットに乾いた食パン突っ込んでないよな」
ユイは肩をすくめた。ちょっとだけ“それな”感があった。
カナメはため息をつきながら、自販機で買ったお茶を差し出した。
「ほら、飲めよ。まじで、飲み物ぐらい出る相談屋にしような」
ユイは遠慮なく受け取る。無言で、でも丁寧に頭を下げて。
しばらく沈黙。
その沈黙が、ふいにカナメの中で何かを動かした。
「……お前さ、どこ住んでんの?」
ユイは少しだけ目をそらす。
カナメは「あっ」と声を漏らした。
「もしかして、住んでない?」
ユイはゆっくり、うなずいた。
「マジで……? 野宿……ってやつ? 令和だよ? YouTubeとかでしか見たことないぞ、家なき子……」
言ってから、自分でもひどい言い方だったと気づく。
けれどユイは怒らず、いつものように黙っている。
「……え、てか夜どうしてんの? トイレ? 防犯? 寒くね? あと……寂しくないの?」
その最後の一言で、ユイが一瞬だけ眉を動かした。
(あ、効いた)
カナメは黙り込んでから、しばらく考え、ぽつりとつぶやいた。
「うち、狭いけど……来る?」
ユイが顔を上げた。
無言のまま、カナメを見つめている。
「えっと……マジで狭いし、妹いるし、かーちゃんパートで夜までいないけど……たぶん怒らないと思う。たぶんね。いや、怒っても俺がなんとかする。なんとかするしかない」
ユイは、まだ何も言わない。
でも、手に持っていたお茶の缶をそっと立てて並べた。
横に、食パンの袋。
その動きが、「荷物、片付けました」という意思表示に見えた。
カナメは思わず笑ってしまう。
「お前、返事の代わりがジェスチャーなの、令和で通用するんか? ま、いいけど。んじゃ決まりな!」
■数十分後――カナメ宅(アパート2DK)
「ただいまー。……って、ユイも。あ、別に紹介とかいらんよね、ユイだよ、ユイ」
妹・ミナ(9)が出迎え、目を丸くする。
「誰!? かわいい! でもなんか静か! でもかわいい!!」
「そのテンションで全部押し切らないで。あと、静かさに怯えろ少しは」
「お姉ちゃん?」
「いや、その理屈はちょっと強引」
ユイは笑ってはいないけど、どこか居心地悪そうでもない。
むしろ、部屋の片隅に座って、空間になじんでいる。
カナメは冷蔵庫を開けながら言った。
「明日から学校だけど、俺、夕方には帰るし……とりあえず、今夜は泊まってけ。
風呂? あるけどめちゃ狭いよ? え、入る? マジで? なんか生活感あるっていうか、もう普通に家族みたいになってきたな」
ユイは、お風呂セットをミナと一緒に持って行った。
その背中を見ながら、カナメはぽつりとつぶやく。
「……ま、家族じゃなくても、いていい場所くらい、ひとつくらいあってもいいよな」