ユイ、政治を黙らせる ~その沈黙、改革の一票~
日曜の午後、ユイとカナメは商店街で焼きそばパンを買っていた。
「おいユイ、今週は平和だったな。お化けもいないし、老人もいないし、菓子も戦争してないし──」
そのとき、拡声器の音が響いた。
「皆さま!どうか私に、あと一度だけチャンスをッ!!!」
街頭演説である。
見ると、顔に汗を飛ばしながらマイクを握る中年男性。
演説内容は──
「子どもたちの未来のために!防災!減税!あと焼き芋無料化!」
「あっぶな……おでこで議事堂割れそうな勢い……」
候補者の名は、山之内高志。
支持率2.1%。マイクのテンションだけは100%の男。
*
そのとき、ふと彼の視線がユイと目が合った。
──沈黙。
山之内の演説が、止まる。
「……あなたは、なぜ何も言わないのですか?」
ユイ、無言。
「その眼差し……まるで、“言葉では語れぬ本質”を見ているような……」
「わたしは……何をしていたのだ……演説?叫ぶ?違う、今必要なのは、聞くことだ……」
カナメ「えっ、なにこの覚醒イベント」
*
翌日、SNSがざわついた。
《#山之内黙る》《#ユイ効果》《#沈黙の討論会》《#焼き芋は保留》
ニュース番組でも取り上げられた。
「今もっとも静かで熱い政治家、山之内氏の変貌。そのきっかけは、謎の少女“ユイ”にあると言われています」
「それまで“滑舌で押し切る男”だった彼が、突如“聞く力”に目覚めたのです」
──その後、彼は政治姿勢を180度転換。
街頭に椅子を持ち込み、ただ市民の話を“ひたすら聞く”という静かな演説スタイルに。
「皆さん、今日は何を話したいですか?私は、それを聞きに来ました」
新聞見出し:『話さない政治』『演説ゼロで得票率アップ』
*
そして選挙当日。
カナメ「まさか当選すんのかよ……」
テレビ:「次の当選者は──山之内高志候補!」
会場「うおおおおおお!」
記者「当選の決め手は何だと思いますか?」
山之内「……沈黙です」
カナメ「おい、ユイ。おまえ……ほんとにこの国、変える気か?」
ユイは、静かにマイクを見つめ、やはり何も言わなかった。
──だがその沈黙は、国会をざわつかせるには十分すぎた。




