オタサーのユイ ~沈黙ヒロインは語らない~
「おおぉ……!これが……伝説の“無言系ヒロイン”……!」
オタサー「隠れ穴蔵研究会」略して“AH研”に、ユイが一日体験で参加することになった。
きっかけは、部員の一人がカナメと同じ高校出身で、「ユイちゃん、うちのサークルに来てくれたらマジ感謝神現象!」と叫んだせいだった。
その日、談話室にはいつにも増して香ばしい空気が漂っていた。
「まず見てくれ、我々の最新同人誌『黙して推せ!』。テーマは“沈黙ヒロインによる精神構造への影響”だ」
「ユイちゃん、もしよければ……このキャラのモデルになってほしいです……!こちら、セリフ一切なしの全ページト書きで構成されてます!」
「わたくし、あえて“沈黙メイド”という新ジャンルを打ち出したい」
ユイは、無言で麦茶を飲む。
「でたーー!“沈黙アクション”!あの一口で200字ぶんの情報を伝えやがった……」
*
その後も、オタサーの議論はヒートアップ。
「オタクの三大浪漫とは何か?答え:メガネ、無口、異能力」
「だが無口にも段階がある。“たまにうなずく”レベルの者と、ユイちゃんのような“存在が概念”レベルは別物だ」
「彼女の無言は“内面が深淵”と“現実への諦念”と“他者への圧倒的理解”を同時に孕んでいる!」
「ちょっと誰か、いまのを詩にしてpixivに投稿して」
「私、ラノベの冒頭だけでも書いていいですか!?『その日、彼女はただ黙って風に髪をなびかせていた』的な!」
「だめです。構文が古い」
ユイは、スナック菓子をかじる。
「やばい……“パリッ”が破壊音に聞こえる……」
「このサウンド、ASMRで流したら眠れなくなるやつ」
「ていうか黙ってるくせに、音だけの存在感がすごい。これが“沈黙の圧”……」
*
その日、部室のホワイトボードには「ユイに対する考察(暫定)」というコーナーが立ち上がっていた。
・存在しているだけで緊張感が出る→これは“空間バフ”
・目が合うと会話が反射する→“無言反射理論”
・笑わないからこそ面白くなる→“反感情演出”
・無言キャラなのに空気が読めてる気がする→“幻のリアクション”
「そしてなにより──彼女には“作品になってほしさ”がある」
「この気持ち、なんだろう。“自分が描いたほうが完成する気がする”という、オタク特有の病」
「これはもう……沈黙の罠だ」
*
そして事件は起きた。
部員のひとりが、ユイに「キャラ人気投票の参考にしたいので、“推しのタイプ”をうなずきで教えてください!」と聞いたのだ。
ユイは、無言で視線をずらした。
「……ああっ!これは“誰も選ばない系ヒロイン”のムーブ……!」
「孤高のポジションを譲らないタイプ……!強い……!」
「ちょっと今の顔、スクショしてもいい?いや、記憶に保存した」
「待って……あの沈黙、俺の中の中二魂を刺激してきた……!よし、次回作は“沈黙と世界崩壊”のファンタジーで行く!」
「じゃあ私は、ユイちゃん×火星移住計画のハードSF恋愛で」
「それだとまた喋らない理由が強化されるな!」
*
最後に、代表のメガネ男子がそっと言った。
「ユイちゃん……来てくれて、ありがとうございました。今日……ほんと、何かが変わりました」
ユイは、ほんの少しだけ、首を傾けた。
その瞬間、全員が凍った。
「……いまの、首の角度15度……つまり、ツンデレ系の“ツン”状態から“デレ”への揺れ!」
「これだけで一冊作れる……!」
「これが“動かぬヒロイン”の威力か……」
「いや違う、もはや“神格沈黙体”だ……」
*
外で待っていたカナメは、帰ってきたユイを見て言った。
「……おまえ、今日どんなとこ行ってたの?」
ユイは麦茶を差し出す。
「……あ、うん……お疲れさま」
──AH研、現在も“沈黙の衝撃”をまとめた薄い本シリーズ『YUI-ISM』を鋭意制作中である。




