ユイ、理系に降臨す
「これは観察対象です」
そう断言したのは、某国立大学理学部の“量子論とおやつ研究会”──通称“QOY研”の部長、田所。
「人の思考は“誰かが聞いてる”と思うと構造が変化する。我々はそれを“ユイ現象”と名付けた」
ユイは、その日から大学の談話室に“展示”されることとなった。
無言で座り、無言で頷き、無言で見つめる。
それだけで、議論が加速するのだという。
「では、今日のテーマは“シュレーディンガーの猫とアイスの二層構造の関係”について」
「それってただの“食べるまで中身がわからない”理論では?」
「だが聞いてほしい。アイスの中のチョコ層がいつ現れるか、ユイちゃんが見てると当てやすい気がするんだ」
「え、それ“観察”というより“開封バイアス”では?」
「いや、これは“量子的安心感”だ」
ユイ、麦茶をすする。
「でた!沈黙の納得!」
*
別の日。
「本日は“無限ループの定義と恋愛の初期衝動”について」
「初手で盛りすぎた場合、持続可能性が失われる。これはエントロピーの増大に似ている」
「つまり、恋愛も熱力学的に破綻する運命……?」
「そこでユイ嬢である」
「そう!無言のリアクションにより“恋愛の位相空間”が安定する!」
「むしろゼロから始められる。これは“観測されない感情系”だ」
「もはや恋愛の真空場理論!」
ユイは、チョコビスケットをかじった。
「それが答えなんですね!?黙ってても伝わる!」
*
研究ノートにはこう記されていた:
《ユイ効果》:観察者が沈黙し続けることで、観測対象が勝手に自己補完的にしゃべり続け、勝手に結論へ向かう現象。
《ユイテンソル》:場の空気をゆがませず、重力的存在感を与えるが、質量ゼロ。むしろ癒やし。
《ユイブレイク》:発言ゼロで場の議論が一定時間持続した際に発生する、“全員が妙な納得をする現象”。
「……てか俺ら、そもそも何の研究してたっけ?」
「ユイちゃんのことじゃね?」
「……あ、そっか」
ユイ、無言で帰り支度を始める。
「ちょっ……その背中、今“研究対象やめます”って言ってない!?」
カナメ(付き添いで来ていた):
「おまえら……ユイ使って何してんだ……」
──こうしてまた、無言の奇跡は、静かに理系界隈を飲み込んでいくのであった。




