シルバーとユイの逆襲2 ~沈黙は金、老いは鉄~
翌週、例の公園。
この日もユイは静かにベンチに座っていた。
「来たわね。沈黙のアイドル」
「ユイちゃん、今日も“言葉を超えた人間関係”を築いてる感じがすごいわ」
「この子、きっと前世で哲学者だったんじゃないかしら。老荘思想的なアレよ」
「え?アレって何?」
「私もよく知らないけど、なんかそれっぽくて格好いいから言ってみたのよ」
その日も、元気な“シルバーズ”が揃っていた。口の滑りは脳より速く、余計なことを言わずにいられない年季の入った強者たちだ。
「昨日さ、スマホ落として孫に拾わせたら“歩きスマホ禁止”って怒られたのよ。誰のせいだと思ってんの」
「私なんて“ババア、AirDrop切っといて”って言われたわ。こちとらブルートゥースの意味もまだ怪しいのに」
「うちは最近、“ジジイにもメタバースを”って孫がゴーグル買ってくれたんだけど、酔って三日寝込んだのよ」
「老眼にVRは無理なのよ。現実すら怪しいのに仮想現実なんて」
ユイは、麦茶を飲む。
「その無表情が、またいいのよ。何も言わないけど“わかってる感”出てるの」
「黙ってるのに納得感出るのって、すごくない?もう仏壇に置きたいレベルよ」
「ちょっとそれは供養が過ぎるわ」
*
そのとき、話題は「過去の恋愛」へ。
「私はねぇ、昔は小料理屋の看板娘だったのよ。10人くらい男が入れ替わったわ」
「その表現よ!まるでレンタル彼氏」
「でも一番記憶に残ってるのは、“指の細いギター弾き”。別れ際に“弦が切れた”って言って去っていったわ」
「それ絶対ただのメンテ不足」
「私は若い頃、バンドの追っかけしててね。最後に行ったライブで“おばちゃんありがとう”って言われたのが恋の終わり」
「それ、失恋じゃなくて卒業式よ」
「ワシは戦後の混乱期に、駅前でナンパしたのが妻だよ」
「それもう恋愛じゃなくてサバイバル」
ユイは、少しだけまばたき。
「お、今たぶん“人間って愚か”って思った目した」
*
その後も会話は止まらない。
「来月健康診断あるんだけど、正直もう“結果”ってより“運命の告知”よね」
「血圧測るたびに“生きてる実感”得てるもん」
「私は最近、医者に“長生きしそうですね”って言われて逆にヘコんだわ」
「それ“余生の重圧”ってやつよ」
「延命じゃなくて演目で終わりたいのよね~」
「上手いこと言ったつもりか!」
*
最後、話題は“理想の葬式”へ。
「私の葬式、BGMは演歌じゃなくてボカロにしてもらう予定よ」
「私は全員に“実は宇宙人だった”って手紙配って終わりにするわ」
「私、遺影はこの公園のベンチで、ユイちゃんの隣に座ってる写真にしたい」
「それ最高に“意味深”ね。誰も真意わからないけど泣きそう」
ユイは、空を見上げる。
「……今、たぶん“死ぬまでしゃべらないチャレンジ中”って感じの顔したわ」
遠くから、カナメの声がぼそっと漏れる。
「……あの子、もうこの町内会の神扱いだな」
「神は沈黙するんだって、昔の偉い人も言ってたしね」
「つまり我々は信者。老後の救世主」
「さすが、ユイちゃん……」
──この町の午後は、今日も元気に、不穏に、静かに騒がしい。




