「相談屋、開業」
「は……なにあれ」
春の午後。公園のベンチで、カナメはポカンと口を開けた。
スーツ姿のOLが、泣いていた。
しかもその前には、ボサボサ頭の浮浪者みたいな少女。無言のまま、じっと座っている。
OLは泣きながら頭を下げて、コンビニ袋を置いて立ち去った。
「なに? あの子、説教する地蔵とか……?」
カナメはそろりと近づいて、隣に腰を下ろした。
少女はこっちをちらりとも見ない。ひたすら沈黙。
「なぁキミ……今の、相談だった? 聞いてただけ?……え? えっ……」
何も答えない。ただ、そこに“いる”。
なのに不思議と“会話してた後”みたいな空気が漂っている。
カナメはそっとコンビニ袋を覗き込んだ。
サンドイッチと缶コーヒー。
「これ、報酬か? いや、マジで?」
彼の中で何かがピンときた。
営業トークの才能だけで今まで食いつないできた16歳のアンテナが反応する。
「ちょっと実験させて」
カナメは近くのベンチに座ってスマホをいじっていたお兄さんに話しかけた。
「すみません。今なら“話すだけで楽になる”やつ、無料体験中っすけど、どうすか?」
「……は?」
「いや、マジで怪しくないっす。俺も意味わかってないんで、とりあえず喋ってみてください」
やや警戒しつつも、男は少女の前に座った。
ユイは、何も言わない。
でも、ちゃんと“そこにいる”。その空気が、なぜか人を話させてしまう。
カナメは少し距離を取りながら、見守っていた。
会話は聞こえない。いや、そもそも一方的に喋ってるだけだ。
でも、男の肩がすっと下がった瞬間があった。
数分後――
「……っし」
男は立ち上がり、深呼吸をした。
その目はさっきまでと違って、すっきりとしている。
「なんか……ありがと」
財布から千円札を取り出し、ベンチにいたカナメに手渡す。
「君にも。きっかけくれて、助かったわ」
「……え? え? 俺、何した?」
「いや、たぶん今日ずっとモヤモヤしてたの、あの子に話して、自分で整理できた。
……そんだけ。そんだけで十分。マジ感謝」
そう言って、彼は行ってしまった。
カナメは千円札を持ったまま、しばらく固まっていた。
「……マジかよ」
少女――ユイはまだベンチに座ったまま、目を閉じて風に髪をなびかせている。
「なぁお前、なに者だよ……」
しばらく沈黙。
やがて、カナメはポツリと呟いた。
「……いや、すげぇな。だって俺、今ちょっと感動してるもん。
他人の相談聞いて千円もらって感謝されて……いや、なにこれ最高かよ」
ユイはこくんと、小さくうなずいたように見えた。
「なぁ……お前、名前は? 聞いていい?」
返事はない。いつも通り。
カナメはふと、少女のリュックに縫い付けられたボロボロのネームタグに目を留めた。
そこにはかすれたひらがなで、こう書かれていた。
『ゆい』
「……ユイ、か。似合ってるな」
少女はほんのわずかに、まばたきした。
カナメは立ち上がって、にやりと笑った。
「よし! 決まり! 君、今日から“相談屋ユイ”な! マネージャーは俺がやる!宣伝もまかせろ! お代は“お気持ち”! 場所はこのベンチ! 夢はフォロワー10万人! 商標登録も……いやそれは後回し!」
少女はやっぱり無言だったけど――
その口元が、かすかにゆるんだ気がした。