春の始まり
気持ちの良い朝日を浴びて起きる。
制服の襟を整えて、鏡に映る自分の姿を見つめる。
前より大人っぽくなった、でもどこかまだ子供っぽい気がした。
(燈さんのような大人っぽさがない)
高校生になったばかりの私は、忙しくも大変な日々を過ごしている。
そしていつかあの人の横に立てる人間になりたいと必死で努力してる。
(燈さん、元気にしてるかな)
最近は学業が忙しくてお店に行けてない日々が続いている。
早く貢いで彼女を誰も追いつけない所にまで行かせたい。
ふとした瞬間にあの日のデートを思い出す。
燈さんの笑顔、私たちの出会い色んなことが大切で大切な思い出。
でも私は今、あの人の世界にいない。
そう思うだけで、胸がじくじくと痛んだ。
昼休み、教室の片隅でスマホを開くと、友人がひょいと覗き込んで言った。
「ねぇ莉子、この人知ってる?なんか最近めっちゃ話題らしいよ」
差し出された画面には、煌びやかなキャバクラの店内。
ドレス姿の女性がシャンパンタワーを背に、笑顔を浮かべていた。
(……燈さん?)
その隣には、どこかで聞いたことがあるホストだった。確か名前は...
「武士さんっていう変わった名前のホストなの!面白くて印象残るよ、イケメンだし!隣の女の人もレベチでビジュ良くてお似合いカップル!」
(カップル??)
ズキズキと胸が痛む。
知らない、燈さんのこんな笑顔。
私とは見せない控えめな笑顔。
そして彼女の横に立つ若くて整った顔立ちの男性。
スーツの似合うイケメン。肩に手を添えられ、彼女は軽く微笑んでいる。
「このホストさ、彼女の大ファンらしくてすごい金額貢いでるらしいよ!リアコのガチファンとか最強すぎるよねぇ」
「それに、先月は1000万以上も貢いで女の人No.1になったんだって!!」
友人の声が遠くなる。心臓がどくどくと速く脈を打ち、手が震えた。
(しらない、そんなの。私だってシャンパン入れたのに....その人のお陰でNo.1になったの?私が貢げてないから??)
ショックで頭がぐちゃぐちゃになる。
数ヶ月前赤姫さんに貢いだ100万...あの後の事は知らない。目標の金額に届かなかったのかもしれない。
だからこのホストが1000万貢いで、燈さんをNo.1にさせたのかも。
頭ではわかっていた。燈は人気のキャバ嬢で、私はただの高校生。
通い詰めたところで、所詮「お客」のひとりに過ぎない。
(私なんかよりも...)
それでも私は彼女だけをNo.1にさせたい。
その光景を見るのは私だけでいい。
心の奥底で渦巻いていた独占欲は抑えきれないほどに膨れ上がっていた。気づけば、燈さんのすべてを――誰にも渡したくないと思っていた。
放課後、帰宅しても気持ちは晴れなかった。
いつもなら机に向かい、勉強に没頭するのに、今日は集中できない。
「燈さんのばかっ!このっ、この!」
感情が爆発して、教科書を机から落としてしまう。
私は拾い集めて、またページを開いた。
勉強して、良い大学に行って、いい仕事をして……
大人になって、彼女と――対等に会える日が来るかもしれないから。
夜、静まり返った部屋。蛍光灯の下でノートに文字を書き込んでいると、スマホの画面が光った。
見ると、メッセージがひとつ届いていた。
「最近、顔見せないわね。何かあったの?大丈夫?」
…たったそれだけの一言。
だけど、それだけで涙がこぼれた。
(私、燈さんのこと……こんなにも好きなのに)
胸の奥が熱くなる。
触れたい。でも触れられない。
伝えたい。でも伝えられない。
「燈さん……会いたい」
ぽつりと呟いて、スマホをそっと胸に抱いた。
夜風がカーテンを揺らす中、私はベッドに潜り込んだ。
会えない時間は、ただ彼女への想いを深くしていく。
次、会いに行く時は――
もっと大人になって、堂々と、彼女の前に立てる私でありたい。
たとえそれが、偽りの18歳でも。
いつかそれがバレるまでは貴方のそばに居させて。