大事な日
赤姫さんの隣に座るだけで、胸が高鳴るのは今に始まったことじゃない。
だけど今日の私は、少しだけモヤついていた。
「……ねえ、赤姫さん」
「ん? どうしたの?」
「どうして……バースデーのこと、教えてくれなかったの」
赤姫さんは一瞬、目を見開いた。
「……まぁ気づくわよね」
「SNSであんなに盛り上がってたら、嫌でも気づきます」
わざとそっぽを向いて、不貞腐れたふりをする。
少しでも罪悪感を感じてくれたらいいのに。
「私……お祝いしたかったのに。赤姫さんの口から聞きたかった」
少しだけ間を置いて赤姫さんが静かに答える。
「ごめんなさい。なんだか……言い出せなかったの」
「どうして?」
「……莉子が、無理をしちゃうんじゃないかなって」
その言葉に胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。
(無理なんか、してないのに)
「でも、私――」
一呼吸置いて、正面から赤姫さんの瞳を見つめた。
ううん、否定しても変わらない。赤姫さんを心配させるだけ。なら、
「……私も、ちゃんとお祝いしますから。楽しみにしててくださいね」
その言葉に、赤姫さんはふっと優しく微笑んだ。
「ふふ、ありがと。そう言ってくれるのは嬉しいわ」
そして、少し寂しげな声で続ける。
「でもね、莉子だけに頼っちゃダメだって思ってるの。他のお客様にも、たくさん貢いでもらわないといけないわね。莉子が全部背負うなんて、そんなの……私は望まないわ」
(……え?)
言葉の意味は分かる。
優しさだって、伝わってる。
でも、それでも。
「そんなの、嫌です」
気づけば、声に出していた。
「……莉子?」
「他の人なんて、関係ない。私が全部やるって言ってるのに……なんで、他の人に頼るなんて」
「それは――」
「赤姫さんは、私だけを見ててくれればいい。私が、全部やるから。……任せてよ」
震える声になっていた。
赤姫さんの“優しさ”が知らない他の誰かを歓迎してるみたいに聞こえて――
怖かった。
赤姫さんが他の誰かと笑ってる姿なんて、考えたくない。
「莉子……」
赤姫さんは困ったようなでも優しい目で私を見ていた。
「私ね、莉子に全部背負わせるのが怖いの。お金のことも、気持ちのことも、無理させて傷つけるんじゃないかって……」
「私は、無理なんかしてません」
「でも、私にはそう見えるの。あなたが頑張りすぎて、自分を削ってるように見えてしまうのよ」
優しさと心配が混じったその声。
きっと正しいのは、赤姫さんだ。
でも――正しさなんて、どうだっていい。
「……そんなふうに思われるほうが辛いです」
ポツリと呟いた私の声に赤姫さんは目を伏せた。
「莉子……」
「私は、“他の人にも頼らないと”なんて言ってほしくなかった」
赤姫さんのためにここまで来た。
誰よりも近くにいたくて、誰よりも力になりたくて。
それを、“あなたひとりじゃだめ”って言われたみたいで――
涙はこぼれない。
でも、心の奥に、ぴしりと亀裂が入った音がした。
赤姫さんはしばらく黙っていた。
そして、静かに――でも、どこか諦めの混じった笑みを浮かべて、私の目を見てきた。
「……分かったわ、莉子」
その言葉に、思わず息をのむ。
「あなたが私のためにそこまで思ってくれてるのちゃんと伝わった。嬉しいわよ、本当に」
「じゃあ……」
「でもね、他のお客様にも頼らないといけないってことは理解して」
赤姫さんの言葉はやわらかくて、でも芯がある。
譲ったようで、全部は譲ってない。まさにキャバ嬢の赤姫さんらしい“折れ方”だった。
そして、ふっとニヤリと笑う。
「でも――私をNo.1にしてくれるんでしょ? 私の“自称・太客”さん?」
その言葉に、胸が一気に熱くなった。
「……当たり前じゃないですか」
自然と、背筋が伸びる。
赤姫さんの挑発を真正面から受けて、気合いが入るのを感じた。
赤姫さんは、そんな私の様子を見て、どこか満足そうにグラスを揺らした。
(莉子のことだから……下手したら、数千万は出すかもしれないわね)
氷が溶けて、やわらかく揺れるその音の奥で、赤姫は静かに考える。
(でも……今回はちゃんと「ありがとう」って言おう。どんな額でも、素直に)
莉子のことを想うと、いつも不安がよぎる。
でも――夜職で荒稼ぎしてる感じでもない、変な男の影も見えない。
それにあの振る舞いと、お金の使い方。
(実家が太いのかしら……)
無理はしていない。なら大丈夫。
だから――今回は信じてみよう。
(私のバースデーを、莉子がどんなふうに彩ってくれるのか。ちゃんと楽しみにしよう)
けれどその頃――莉子もまた、別の想いを胸に秘めていた。
(赤姫さんのバースデー。
最初は、総額2億使うつもりだった。いや、今でもそれが“正解”だと思ってる)
1億でボトル祭りを演出し、
もう1億で、特別席の演出、店舗ラッピング、花束、専属カメラマン、バルーン演出、全てを完璧に。
この日だけは、赤姫さんのすべてを、誰にも渡したくない。
でも。
さっきの会話が胸に残っている。
『無理をしないで』
『他の人にも頼らないと』
『莉子に全部背負わせるのが怖いの』
――今の赤姫さんは、全部は受け取ってくれない。
(……だったら)
1億に、減らそう。
それでも充分No.1は取れる。
まぁ2億はやりすぎかも。赤姫さんが受け止められないなら、意味がない。
(次のバースデーには、2億分の“驚き”をちゃんと取っておく。今回は……)
そう決めた。
でも、本音を言えば――全部、全部受け取って欲しい。
「……私だけを見ててよね。赤姫」
誰にも聞こえないように、小さく呟いた。
赤姫はその意味をまだ知らない。
でも、来月――そのすべてが始まる。
赤姫さんの人生で、いちばん幸せな誕生日を私が贈る。
どんな誰にも負ける気なんかしない。
私があなたに贈る愛、受け取ってね。




