第9話
エリサさんに案内してもらって朝食を食べた部屋につくと、レイディアムはもう席についていた。
彼は私に気が付くとニッコリ笑って歩いてくる。
私のすぐ傍まで来ると、私の手をとり優雅にエスコートしてくれた。
しかし、何故か私が座らされたのは椅子ではなくまたしてもレイディアムの膝の上だった。
「あの…?何で膝の上?」
「朝もこうしたでしょう?」
もうむしろ何故そんな事を聞くの?とばかりの返事が返ってきた。
「え、まさかとは思うけど………一緒にご飯食べる度に、これするつもりとかじゃ……ない、よね?」
「勿論です。」
さ、最悪だー!!!食事の度に羞恥プレイ!?一日三回羞恥プレイ!?
嫌だーーー!!!
「いや、あの自分で食べれるから!」
ここで流されたらこの先もこうなってしまう!
レイディアムの膝から下りて椅子に座ろうと思ったのだが、下りようとした瞬間に腰に回ったレイディアムの手がガッチリと押さえ付けてきて、下りるどころか身じろぎも出来なくなってしまった。
「レ、レイディアム?何で押さえつけるの?」
「カエデが離れようとするからでしょう?貴女の席は私の膝の上です。」
分かりましたね?と凄みのある笑顔で言われ、私はコクコクと縦に首をふった。
私が頷くのを見て、レイディアムは腕の力を弱めてくれた。あくまで弱めただけで、まだ力は入ってるけど。
「では食べましょうか。」
朝食のときみたく食べさせられ、恥ずかしくてしかたがなかったが、これからずっと続くんだからと開き直って気にしないことにした。すると、途端に味がよく分かるようになる。
おいし〜!あんまり見たことの無い料理だけど、凄く美味しい。幸せだ〜!
と、幸せを噛み締めながら料理を一通り堪能したところで、レイディアムにエリサさんのことを聞かれた。
「エリサさん?いい人だったよ〜。色々教えてくれたし、優しいし。」
「それは良かった。合わないようでしたら別の者と変えようと思っていましたので。」
「ううん。大丈夫。エリサさんと一緒にいるの楽しいし。――――あ、そうだ。ね、レイディアム。見て。」
両手を前に出し、水をすくう時のようにする。
そして、合わせた手の平に意識を集中していく。
―――大切なのはイメージ。表したいものをより明確で鮮明に。
すると、手の平の上にポウッと光の球が現れた。
上手くいった。どうだ!とばかりに自分の手に向けていた目を上げてレイディアムを見ると、彼はとても驚いた顔をしていた。
それに満足して二度程深く頷いてから光を消し、レイディアムに話しかけた。
「実はさっきエリサさんに魔法の事を聞いたの。そうしたら簡単なこの魔法を教えてくれて。どう?中々上手く出来てたでしょ?」
「……ええ。きちんと出来ていました。しかし、何でまた魔法のことなど…。」
む?何か答えながらレイディアムの眉がよって眉間に皺ができているのは何故?…………マズかったのかな。
「だって、魔法なんて私のいた所には無かったもん。……ダメだった?」
私の顔も答えているうちにどんどん下がっていってしまう。
怒られるかな?とチロリと目だけでレイディアムを見上げると、何故かレイディアムは一瞬身体を硬直させてから、ハァ、とため息をついた。
「いえ、駄目じゃありませんよ。ですからそんなに落ち込まないで下さい。」
頭を撫でられ、髪を梳かれる。
その優しい仕種に顔を上げてレイディアムを見た。
「怒ってない…?」
「ええ。怒ってなどおりませんよ。」
何時もの柔らかい笑顔で答えてくれた。
「本当!?良かった!それじゃあ他にも魔法の練習してもいい?」
瞬間、漸く見せてくれた笑顔は消え、またしても眉間に皺が現れた。
「それは…。」
低い声でレイディアムが言うのを聞いて、浮上した気分は一転、また下降していった。
「うぅー…。やっぱりダメなんじゃない。レイディアムの嘘つきぃー…。」
そう言うと、途端にウッと息を詰める気配。それでも俯いて顔を上げなければ、つむじにハァ、と諦めの溜息がかかった。
「分かりました。いいですよ、練習しても。ただ、危ないものは許可しませんから。」
「ありがとう。レイディアム!…嘘つきなんて言ってごめんね。」
素直に謝ったら、少し困ったように笑って許してくれた。
「気にしないで下さい。ただ、私は心配なのです。ですから、くれぐれも怪我を負うようなことはしないで下さいね。」
「うん。分かってる。」
勿論だ。痛いのは嫌だし。
会話に一区切りついたところで、デザートが運ばれて来た。どれも凄く美味しそう。
これを食べたら午後からは早速魔法の練習だ。
それにしても、レイディアムが許可してくれて本当に良かった。というのも、ここまで食い下がったのにはちゃんと理由があった。
もし、何らかの理由でこの屋敷を出ることになったら?
レイディアムに追い出される、私がここから逃げ出す。
この二つの理由が今一番有り得る事だろう。もしもそんな事になれば――――――――――――――――――私はきっとすぐに死んでしまう。
魔界という場所での人間の扱いや立場のようなものが分からないからなんとも言えないけど、多分働いたりは出来ないんじゃないかと思う。
それではどうするか?私が目覚めたような森でサバイバル生活でも送る?
絶対に無理。サバイバルの知識も経験も手段も皆無に近い。
―――今の私では。
そう、これは今のままならの話。
知識と経験は困難だが、魔法が使えるようになれば手段は手に入れられる。
そうなれば、生存できる確率はきっとかなりあがるだろう。
火や水を出せるようになるし、なにより戦えるようになる。エリサさんに聞いた話じゃ、私を襲った大蜘蛛のように人の姿をしていない魔物は魔法を使えないらしいから、練習次第で勝てるようにもなるだろう。
だから魔法はどうしても使えるようにならなければ。今が安全だからと先の事を考えないほど愚かではないつもりだ。
しかしこれは、もしもの話。今の私に逃げ出そうというつもりは無いし、レイディアムもよくしてくれていて、追い出そうとすることはなさそうだ。
だから万が一に備えはするが、純粋に、魔法なんていう物語の中にしか存在しなかったものを楽しむつもりだし。
なんだか、凄く楽しみになってきた。早くデザートを食べてしまおう。
そう思った私は、レイディアムにもっと早く、とせがんだのだった。