第7話
部屋に戻ってきてからたくさんの事をレイディアムに聞いた。私には此処が何処なのかすら分からなかったから。レイディアムは丁寧に教えてくれた。
それによると、此処は魔界と呼ばれる所らしい。魔王様が統べる世界で、悪魔だけじゃなくて吸血鬼とか多種多様な方々がいるんだとか。ちなみに魔王様は魔王という種族らしい。てっきり王座の名前が魔王なんだと思っていたからびっくりだ。
それから、人の形をしているのは力の強い者だけらしい。私を襲ってきた巨大蜘蛛はかなり下等だと言っていた。あと、たぶん魔界というのは弱肉強食なのだと思う。あの蜘蛛の話をするときのレイディアムからはそんな感じがした。
他にも力の強さが分かる事はあるみたいだけど、聞いたら何故か困った顔ではぐらかされた。別に知らなくても良さそうな事だし言いたく無いならそれで構わないけど。
こうして魔界についての大まかな説明が終わった後は私についての話になった。
「実を言うと、カエデのように人界から魔界へ来る人間は時々ですがいるんですよ。」
「そうなの!?」
滅多にあることじゃないと思ってたのに。でも嬉しい誤算だ。だって、私以外にも人間がいるってことだもん。
「はい。そして魔界に来る者はその大半が人界で生きていく事が出来ない程辛く、苦しい思いをした者達らしいです。ところでカエデ、貴女―――――――――――――――――此処に来る前の記憶はありますか?」
「なに言ってんの?あるに………」
決まってるじゃん、と続けようとして気がついた。―――――――――――――――――――――――――思い出せない。
「あれ…?ちょっと待ってよ……だって…え?………。」
何も思い出せない。いや、正確には詳しい事が何も思い出せない。
例えば、住んでいた場所。日本の北海道の札幌市だ。でも、町並みは?私はそこでどんな生活をしていた?
他にも、人。自分の周りにいた人間が誰ひとりとして分からない。顔も名前も思い出せない。
というか、そもそも指摘されるまで気付かないことからしておかしい。これは絶対に異常な事なのに。
でも、それ以上に変なのは異常だと認識したにも関わらず今の私がたいして取り乱す事もなく割と平然としている事だ。
何も思い出せないという異常に驚きと戸惑いを感じはしたが、不安は一切覚えない。
「それはカエデ、貴女も人界から魔界へ逃げて来たからでしょう。」
何故?と聞けばそう答えが返ってきた。少々面食らったが、あぁ成る程な。と納得できた。嫌だ、此処には居たくないという思いで異世界へと来たなら記憶など無くて当然かもしれない。
「それじゃあ私は、向こうで生きる事が出来なくなって魔界に来たんだ。」
「ええ。記憶も失っていますし、そうだと思います。先程も言いましたが、魔界に来る者の大半がその理由です。たまたま魔界と人界を繋ぐように出来た亀裂に落ちて魔界へ来る者もいるにはいますが、そんな不幸な人間そうそういませんよ。確率で言うなら天文学的な数値よりも低いでしょうから。」
そりゃそうだよね。なんてったって異世界だもん。そんなポンポン行けたらファンタジーから異世界トリップというジャンルは消えているだろう。
そんな風にそのあとも話をして、話始めて1時間程たった頃。
「さて、まだ話していたいんですが実はそろそろ仕事をしなければならないんです。カエデ付きの侍女を用意しますから、屋敷を見て回って下さい。昼食は一緒に食べましょうね。」
チュッと触れるだけのキスを落とし、真っ赤になった私にクスクスと笑ってからレイディアムは部屋の外へ出ていった。
レイディアムが出て行き、顔の熱を冷ましながら待つこと数分。入って来たのは茶色い髪をした可愛い人だった。
歳は多分同じくらい。目が大きくパッチリしていてとても可愛い。
「カエデ様付きの侍女となりましたエリサと申します。誠心誠意お使えさせていただきます。」
「あ、はい。よろしくお願いします。あの、エリサさん、様付けをやめてほしいんだけど…。出来れば呼び捨てで。」
「そんな、旦那様の婚約者であるカエデ様を呼び捨てなど出来ません!!それに私にこそ、さんなど必要ありません!」
―――――――――――――――――――あれ?
え、今エリサさん何て言った?
婚約者?
「あ、ああああ!!!」
急に叫んだ私にエリサさんがビクッとしたのが見えたけど、構っていられなかった。だって、
「1番大事な事聞くの忘れてたーーー!!!!」
人生でベスト5に入るんじゃなかろうかという失敗に気付いた所だから。
まぁ、記憶が無いから今までしてきた失敗も当然分からないし、気分的にだけど。