第6話
このお屋敷の感じからして王様がご飯を食べるような長ーいテーブルがある部屋を想像してたけど、レイディアムさんに連れられて来た部屋には普通よりずっと大きなテーブルはあったけど、そこまで現実離れしたものじゃなかった。どちらかというと高級レストランのような雰囲気だ。
そのままエスコートされて椅子に座ったところまでは良かったのだけど、座ってからあることに気が付いた。
――マズイ、私マナーとか分かんない……。
だってまだ16歳なのだ。かしこまった所で食事することなど無かったからマナーを覚える必要も無かった。たかだか16歳が知っていることなど、ナイフとフォークは外側から順に使っていくとかその程度だ。
ヤバイ、どうしよう…。
悩んでいる内に料理が運ばれて来てしまって、見てみるとやっぱり美味しそうだけどすごく食べにくそうな料理だった。
「どうしました?嫌いなものでも入っていましたか?」
ジッと見るばかりで手を付けようとしない私を見て、レイディアムさんが気遣わしそうに言う。
違う、けど食べ方が分からないの、なんて言うのも恥ずかしいし……。
ごちゃごちゃ考えている間に、これは下げましょうか、と言ってメイドさんに料理を下げるように指示しようとするから、黙っていて間違えるほうが恥ずかしいと覚悟して彼に大丈夫ですと答えた。
「しかし…。」
「本当に大丈夫です。その、食べなかったのは嫌いな物があるからじゃなくて、……マ、マナーが分からなかったからで………。」
うう、私カッコ悪いよー……。
パチリと目を瞬いた彼は、数瞬後意味を理解してクスクスと笑い声を漏らした。
ああ、本当に笑われてばっかりだ…。
俯いて少し落ち込んでいると、レイディアムさんは立ち上がって私のすぐ傍に来た。
顔を上げて彼を見れば、蕩けそうな笑顔を向けられて、何故そんなに嬉しそうなのか理解できず首を捻れば信じられない言葉が降ってきた。
「そういうことなら心配しなくても良いですよ。私が食べさせてあげます。」
――――――――――――――――――――――――――――――――――は?
ポカンとしている私を抱き上げて自分の席の方へ戻った彼はまた私を横抱きで膝の上に乗せて席についた。
「ああ、それと今のは見逃してあげますが、次に敬語を使ったらお仕置きしますからね。」
お、お仕置きってなに――――――――!?
ああいや、今はそれよりもこの状態のことについて言わなきゃ。いや、お仕置き発言も置いとけないけど。
「あの、私は別に食べさせて欲しい訳じゃなくて、分からないので今回は変なところがあっても見逃してくださ――じゃなくて、見逃してねってことが言いたかったんで――でもなくて、言いたかったの!」
噛みまくりながらも何とか伝えたのに、レイディアムさんはどこ吹く風で。
「私が食べさせればマナー違反なんかそもそもしないんですからいいじゃないですか。」
とか言ってくる始末。
「そもそもこの態勢が既に思いっ切りマナー違反!」
流石にそれくらいは分かるよ!!寧ろ分からない人の方が少ないでしょ!
そう言って精一杯反論したが、結局彼の、言うことを聞かないなら此処でキスしますよ、という囁くような脅しに反撃を封じられ、大人しく彼にされるがままになるしかなくなったのだった。
だって、人前でキスは無理だもん!と考えて、人前じゃなくても好きな人でもないのにキスしちゃ駄目じゃん!!と首を振った。
そんな私を不思議そうに見ながら、彼は一口大に切った肉を笑顔で差し出してくる。
それをパクリと口に入れてモグモグと咀嚼。ゴクンと飲み込んだのを見計らい、今度は野菜が。パクリ、モグモグ、ゴクン。
次はちぎられたパンで、同じようにパクリ、モグモグ、ゴクン。
次はスープ、次はまた肉、次は………と、口に入れられてはそれを食べるというのを繰り返す。
きっと普通に食べたらどれもとても美味しい筈なのに、緊張と羞恥であまり味が分からないのが残念だ。えぇ、とてもとても残念ですよ!
この歳になって食べさせられた事なんかないし、これだけ密着してれば緊張する。でも、どちらかというと羞恥の方が大きい。
何故かといえばまぁ、見られているのだ。料理を運んで来てくれたり、水を注いでくれたりしてるメイドさんや執事さんに。それも皆さん少し赤い顔でチラチラと。
私達何も見てませんから〜という雰囲気で、でも気になるものは気になるんですと言わんばかりに時々こちらを見るのだ。
い、いたたまれない!というかレイディアムさん、何故に貴方はそんなに嬉しそうな笑顔なんでしょう?この人恥ずかしいとか感じないんだろうか。いや、感じるなら最初からこんなことしないか、とか色々考えている内に漸く最後の一切れに。
パクリ、モグモグ、ゴクン。
ハァァァァ、漸く終わった…。私、食事がこんなにも大変だったの初めてだよ。
口についていた油を拭き取られて、長かった朝食が終わった。
「さて、部屋に戻りましょうか。」
そう言って彼は私を抱き上げたまま先程の部屋へ向かおうとする。勿論私はこんな恥ずかしい事は御免だ。
「降ろして下さい。自分で歩けます!」
足をバタバタと振って、降ろしてアピール。
でもレイディアムさんから返された言葉は全然関係ないものだった。
「あ、敬語使いましたね。――――――――――――お仕置きです。」
しまった忘れてたぁ!!すっかり忘れてたよ!油断したぁ!!
「ご、ごめんなさい。次から気を付……ンッ」
次から気を付けるから、って言おうとしたのに問答無用でキスされた。皆の前で。それもめちゃくちゃ深いのを。皆の前で!
「ンッ……ン…ぁふ…ハッ…」
ちょうど目が合ってしまったメイドさんの女の子に真っ赤な顔で視線を逸らされたのが余計に恥ずかしかった。
年上だろうし、偉い人みたいだから敬語で話してたのに、もう頼まれたってレイディアムさんに敬語なんか使うもんか!!
こうして彼の思惑通り、私は彼に敬語で話すのをやめてしまったのだった。
結局このキスでうやむやになってしまって、彼に抱き上げられたまま部屋まで運ばれたし、今の所すべてが彼の思い通りになっていて、抵抗がなに一つ成功していないことに気がついて愕然となった。
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