第11話
パアッと満面の笑顔になったお兄さんはキラキラした何かを振り撒きながら一瞬で私達との距離を詰め、私の両手をパッと握った。
「この娘!?この娘がレイのお姫様!?」
なにやら興奮した様子のお兄さんはまじまじと私を見てくる。
……?誰なんだろう?さっきのレイっていうのはレイディアムの愛称だろうから、レイディアムの友達かな?
目の前のお兄さんにばかりきを取られていると、いつの間にか傍に来ていたレイディアムが未だに私と繋がれているお兄さんの手をバシッと払い、私を抱き寄せてお兄さんと距離をつくった。
「分かっているのなら気安く触れないで頂きたいのですがね、ゼル。」
ゼルと呼ばれたお兄さんは手を振り払ったレイディアムを見て目を丸くしたあと、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「いやー、ここの使用人達が話してたのは本当だったんだな。そんな顔をしたレイが見れるとは、たまには気まぐれも起こしてみるもんだ。」
からかうようにそう言った後、こちらに顔を向けて笑顔をみせた。今度はニッコリと。
「初めまして、レイのお姫様。ゼル・フォードライトです。」
「は、初めまして。」
お姫様とか恥ずかしい!うわわわ、西洋風の見た目通りここの人達は皆サラっとこういうこといえちゃうんだろうか。
「今日は用事で近くに来たついでにレイの顔でも見てこうかなと思って立ち寄ったんだけど、たまたま君の噂を聞いてね。あのレイに婚約者だっていうから驚いたよ。」
あのっていうのがどういうことを指すのか気になるけど、取りあえず
「私のことが噂になってるんですか…?」
「うん、突然女の子を連れて帰って来たと思ったらいきなりの婚約宣言。今まで寄って来てた容姿は良くても頭と尻の軽い女は全員相手にもしてなかったのに急にこれだもん。君の話題で持ち切りだよ。」
「も、持ち切り……。」
そりゃあ、いきなり婚約者だなんて変に思われることは分かってたけど、こうはっきり伝えられるとな………。
というか今この人、頭と尻の軽い女とか言った?言ったよね?
…………毒舌?それも結構重度の。
そんな気持ちの込められた私の視線に気がついた彼は、ん?と一度首を傾げてから、何かに思い至ったようで安心させるように柔らかな笑みを見せた。
うわ、毒舌とか思ったの分かっちゃったかな。いくらなんでも失礼だよね謝った方がいいかな。
「あの、ごめんなさ―――――。」
「大丈夫、大丈夫。心配しなくてもその馬鹿女達はちゃんと排除しておくから。」
――――――――――――――――――――――――はぇ?
余りにも顔と言葉がミスマッチすぎて一瞬何を言っているのか分からなかった。
あんなに優しげに笑いながら排除って………。毒舌なだけでなく彼は腹黒でもあるようだ。
取りあえず、
「いえ、いらないです……。」
お断りだけはしっかり伝えておくことにする。
そう?と首を傾げる彼は変わらず笑顔を浮かべていて本心は全く読み取れないので、取りあえずレイディアムに助けを求めることにした。
「ゼル、今日はこの辺りで話は止めにしましょう。これから夕食なので。」
振り返って送った視線の意味を正確に理解したレイディアムは、暗に帰れと言った。が、流石は腹黒毒舌なだけあって、
「あ、もうそんな時間?じゃあ久々にご馳走になろうかな。」
なんて言って慣れた様子で歩き出してしまった。
それを見て、ハァと溜息をついたレイディアムは微苦笑を浮かべていて、彼はやっぱりレイディアムにとって大切な友人のようだ。
「行きましょうか。お腹がすいたでしょう?」
グウウゥゥ〜…。
言われて空腹を思い出した途端に私のお腹は盛大に鳴いてくれやがった。
恥ずかしい!またレイディアムに聞かれた!!
転げ回りたいくらいの羞恥に襲われている私を見て苦笑を微笑に変えたレイディアムは私を抱き上げてそのまま歩き出す。
「お、降ろして!何で抱っこなの!!」
「お腹も空いているようですし、こうした方が早いでしょう?」
何てクスクス笑いながら歩くレイディアムは降ろす気は微塵も無いようだ。
そのまま部屋に入ると、もう席に座っていたフォードライトさんはこちらを見てニヤリと笑った。
「おーおー、本当に今日はラッキーだな。こんなにレアなお前を見られるとは……て、おい。」
レイディアムをからかう気満々で話していたフォードライトさんが何故言葉を切ったかというと、レイディアムが私を膝に乗せた状態で席についたからだ。………そう、朝や昼の時と同じように。
「ち、ちょっと、レイディアム?」
何してくれちゃってんの?という意味を込めて見上げれば、平然と「どうしました?」なんて返された。
「いやいやいや、どうしましたじゃねぇだろ。え、何?いつもこうやって食べてんの?」
「ああ、それが?」
当たり前だと言わんばかりに返されたレイディアムの言葉にフォードライトさんは絶句している。
「料理が冷めますから、食べましょうか。」
そんなフォードライトさんを気にした様子もなくレイディアムがパンを私の口元に持ってきたので、取り敢えずそれを口に入れたのだが、それを見たフォードライトさんが「しかも食べさせるんだ…。」と呟いたのが聞こえて堪らなく恥ずかしかった。
その後は他愛のないお喋りをしながら食事を取り、食後のお茶を飲んだ後、フォードライトさんは「いい土産話が出来た」と嬉しそうに帰っていった。