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うしおとらく  作者: 枇榔
3/3

ある日の夜 sideうしお

 ゲームをしながら、そろそろあいつが来るような気配。ほら、インターホンが鳴る。99%くらいあいつだと分かっていながら、1%くらいのその他である可能性も頭の隅に置きながら、モニターを覗く。やはり見慣れたあいつの顔。まぁ、いつ来たって別に構わないんだけど。


 入室早々、冷蔵庫に向かうらくを見て、嫌な予感。手を洗うよう声をかけたが、すでに開けようと触れてしまっている。すかさず除菌シートをケースごと放り投げる。外から来たならまず第一に手洗い・うがいだろうが。そんなの、今のご時世常識だろうよ。


 まるで我が家の冷蔵庫に炭酸が常備されているかのような言い草。しかも家主に買ってこいとぬかす。俺はお前のなんなの?


 らくはすぐに謝る癖がある。別に謝って欲しいわけじゃない。


 ゲームに集中してると、らくもぬるっと参戦してくる。ゲームをするのがそんなに好きじゃないことを知っているから、そのうち…飽きる。そして構ってちゃんモード。俺がそっけない態度を取るのを分かっていて、そういうことをする。


 そしてすぐ謝る。そのスン…とした顔は割と嫌いじゃない。


 ただ、本当にうざいことをしてくる時は声に怒りが乗る。顔も見てやらない。


 急に静かになると、気になる。らくが静かになる時は、寝ているか、悪巧みをしている時。ベッドの方を見ると目をつぶって横になっている。どうせ狸寝入りだろ。ゲーム再開。


 ほらみろ。分かってんだよ。


 こんなやり取りは日常茶飯事で、二十年来の幼馴染だからこその、この空気感。俺は男で、らくも男で。いつからからくが、ライクではなくラブの方で俺を好きなことには気づいていたけど、それに応える気はなくて。らくもそれを承知の上で一緒にいて、俺自身もらくと離れる気はなくて。らくに酷なことを強いている自覚はあるし、周りもホモがキモいだとかBLがどーだとか意味不明なことを言うもんだから、この関係に名前をつけなくちゃいけない?そうなら、一体なんて名前をつけたら?と、中学生の頃は悩んだ。でも、好きになるのに男も女も関係ないし、当の本人達がお互いを好きでいて一緒にいるんだから、周りからどう言われようと別に痛くも痒くもないな、と気づいて、そのことをらくに伝えてから、自分も、らくも、色々と吹っ切れたように思えた。


 構ってもらえなくて、らくが暴れ出す。なんか色々と罵声をあびせてくるから適当にあしらっていると、後方で獣が銃にでも撃たれたような声と鈍い音がして振り返る。膝をテーブルの角にぶつけたらしい。


 ん?今膝小僧じゃなくてなんつった?膝野郎?膝小僧って言うのもなかなかレアだけど、膝野郎って。え、じわるじゃん、膝野郎。一回ツボに入ると笑い止まらなくなるじゃんよ。らくは、俺がツボに入ることを無意識無自覚でやるんだよなぁ。そこがこいつの面白いところなんだけど。なんか引っかかること言われたけど、面白さの方が勝って大爆笑。


 笑いがおさまってくると、ふと冷静になる。色白ならくに痣が出来ると結構目立つ色になるから、冷やした方がいいな。氷は切らしてるし、アイスノンみたいなのとか湿布とかもないし、今からやってるドラッグストア…はないからコンビニか。ついでに飲みたがっていた炭酸も買えばいい。捲り上げてるズボンを直すように伝えて、身支度を整える。玄関に向かいながら、ついでに風呂を沸かすスイッチも入れる。一緒に行こうと言わなくても、どうせらくはついてくるだろ。


 一番近いコンビニに着くと、iPhoneを取り出してチャージ金額を確認しながらぶらぶら。らくはひと足先に湿布を探したようだが、それらしき物はなかった模様。しれっとツボワードを言うからすぐに阻止して、飲み物を選ぶ。らくはペプシ、俺はレモンティー。甘いものを持ってきたらくの手には俺の好物のスフレプリン、らくの好きなロールケーキ。


 分かってんじゃん。そりゃあね。


 家を出る時に敢えて何も言わなかったが、らくの格好は冬の夜には絶対に向かない軽装で、案の定寒がるからアホだと言ったら、おちゃらけながら認めやがる。自他共に認める正真正銘のアホだ。


 帰宅すると風呂は沸いていて、寒がっている薄着アホ野郎に服とタオルを渡して風呂場に押し込む。ダウンのポケットに入れておいたiPhoneを取り出して時間を見る。22:20。明日は俺もらくも仕事が休みだから、まだゆっくり出来るな。まぁ、俺はゲームをするけども。


 買ってきたものを冷蔵庫に入れて、スフレプリンを食べていると、ロンTにパンツを身につけただけのらくが痣を見せに来てギョッとする。冷蔵庫に奇跡的に一枚だけあった冷えピタを投げつけて、早く服を着て髪の毛を乾かすように言うと、お母さんだと言われるもんだから、のってやったらなんか謝られた。でも冗談抜きで、風邪を引かれたら困る。家を出る時、上着を着るよう言えばよかった…小さな後悔。


 父さんは、風邪を拗らせて肺炎になって死んだ。母さんも、父さんに似たような咳をしながら無理して仕事をして、入退院を繰り返してた。骨折とかもしてたっけ。今は元気にしてるけど。怪我とか病気は、なめちゃいかんのだ。真面目で何が悪い。

 

 冷えピタはすぐに剥がれると文句を言われ、サージカルテープがどこかにあった気がしたが、そのうち治ると言うので探さず。ケトルでお湯を沸かして、ホットレモネードを作る。ソファーに腰掛けているらくにマグカップを突き出すと、いらないそぶり。どうせ後で飲むんだろ、と思いながらマグカップをテーブルに置こうとした瞬間、らくの腕が伸びてきてぶつかり、腕にホットレモネードが…!持ち前の瞬発力でよけたつもりが、服の上から少しかかり、慌てず対処しようと思っていたら、らくの方がテンパって火事場の馬鹿力。キッチンの流しに連れて行かれ、流水で冷やしてくれた。いつもはおちゃらけてヘラヘラしているくせに、こういう時のらくの男らしさには頼もしさを感じる。ただ、雑にやるから服にも水がかかり、俺も風呂へ。湯船に浸かりながら、今頃膝抱えて丸っこくなって反省してんだろうなぁ、と思うと、自然と口の端が緩む。


 風呂から戻ると、しおれたらくが心配をしてきたが、火傷というほどのものにはならなかったから大丈夫だと伝えると、ほっと一安心した様子。さて、ゲームしよう。らくに、そんなに好きなら仕事にすればいいのに、と言われたけど、好きなことを仕事にしたら続かないことが目に見えてるから、趣味で楽しむくらいでいい。義務感が出たらそれはもう楽しいものにはならなくなってしまう。らくにはそういう俺の性格がお見通しだ。ソファーの上で寝る体勢に入ったらくに、毛布を投げつける。寝相がよくないのに、ソファーから落ちたことは一度もないのが不思議でならない。


 会話をしながら眠くなっていくらく。完全に寝落ちるのに時間はかからなかった。部屋の電気を消して、ずらしていたヘッドホンを直して音量を上げる。ゲームに没頭していると、時間が過ぎていくのが本当に早い。一区切りついて時計に目をやると、日付が変わっている。喉がかわいた。レモンティーを飲んで戻ると、らくはソファーからギリ落ちない芸術的な格好で、腹を出して寝息を立てている。本当に世話が焼ける、ほっとけない。毛布をかけ直していると、名前を呼ばれて返事をする。寝言だと分かって少し気恥ずかしいが、誰に見られているわけでもないのに、なんでもないようなそぶりをしてベッドに横たわる。


 真面目で潔癖で、受け答えが淡白で、ゲーム好きな俺。らくは、そんな俺のどこが好きなんだろう。面と向かって気持ちを伝えられたことはないし、今も俺のことを好きでいてくれるのかは、分からない。今は一緒にいるけれど、先に愛想を尽かされるのは俺の方で、らくの方から離れていくんだろう。そう思っている時点で、俺の方から離れていくことはないってことだ。それくらいの存在のらくって、俺の中では結構でかい。だからきっと、今のままで一緒にいられたら、それ以上に幸せなことなんてないんだろうな。


 ごめんな、らく。この関係に、ぴったりの名前を付けられなくて。だけどらく、俺もお前のことが大好きだよ。


 おやすみ、らく。今日もまた、一緒に。

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