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エッセイ集積所

快と不快のフィラメント

作者: しめさば

 乳幼児の世話をしていると、人間の行動が、快と不快の動機づけによって上手く誘導されていることがよくわかる。

 おむつが汚れて不快だったり、腹が減ったりすると泣いて知らせる。

 不快が取り除かれれば安心して眠り、また不快になると泣く。

 この繰り返しである。


 子どもは要求がシンプルだから、そういう仕組みで動いているように見えるが、別に親だって同じ仕組みである。

 子どもの泣き声は耳障りで不快だと思うから、夜中だろうと起きて、おむつを替え、乳をやり、寝かしつける。

 子供が笑うと可愛いから、離れず側にいるのだ。


 最近、うちのおチビは体力がついてきて、よくぐずるようになった。

 体力がないうちは、それすらもできなかった。

 傍目にはそちらの方が安定しているように見えた。

 おとなしい子よりも、危なっかしいくらいの子の方が実は健全である。

 不安定であることは、変化し、成長している証なのである。


 しかし、大変には違いない。

 成長するにつれ、複雑かつ難解かつ強大になる。

 親はむしろ、老いていく。

 子どもの変化についていけるだろうか。


 ついていかなくて、いいのかもしれない。

 阻害さえしなければ、子どもは勝手に育つとも聞く。

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― 新着の感想 ―
[一言] 感覚に意味があるというのは そのとおりだな、と考えます。 快、不快という2軸で表現してよいのかは分かりませんが 自身に対して忌避すべきものは 総じて不快に属する感覚を受けますし 自身に対し…
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