地方に追放された伯爵令嬢は、子爵の夫と第二の人生を幸せにすごす
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「そのご命令には従えません」
私は毅然とした態度で王子の言葉を拒絶した。
これまでも首を縦に振らなかったことはあるが、ここまではっきり気持ちを表に出したのは初めてだ。
「なぜだ。ティエラよ、お前は薬学の知識をもって、王家に奉仕する家の出だろうが。伯爵家の地位もその意義にたいして与えられたもののはずだぞ」
ギルベール王子は、自分の言葉を否定されて、むっとした顔をする。
昔から自分の言うことを受け入れられない時は露骨に表情が悪くなるのだ。
その横では彼の婚約者であるアルデミラ侯爵令嬢が私をつまらなそうに眺めている。
どうも、この侯爵令嬢は私のことが気に入らないらしい。一度、二人きりの時に王子に色目を使っただろうと、くってかかってきたことがある。無論、そんなことはしていない。
「ああ、お前の知識では生半可だから、自信がないのだな。だったら、お前の親父を呼んで来い」
「いえ、そうではありません。薬で人を助けるとなれば、17歳の私より父のほうが長じているかもしれません。ですが、毒殺のために薬を使うのであれば、私でも同じことです」
治すのと殺すのとであれば、後者のほうが簡単に決まっている。
「だったら協力すればいいじゃない。あなたの一族は王家に寄生することでお情けで伯爵の地位を得た貴族なのだから、素直に従うといいのよ」
アルデミラ侯爵令嬢は口が悪い。身分が下の者に話すとはいえ、私も伯爵家の女なのだが。
まあ、ここが王太子邸の人払いされた部屋だからではあるのだが。
「だからといって、王を暗殺せよというのは承服いたしかねます!」
恐ろしいことに王子とその婚約者は王を殺せと命じてきたのだ。
とてもお受けできない。
「たとえば、多くの民が王の圧政に苦しんでいるのが明らかだとか、そういった事情であればわからなくもありません。しかし、王の20年を超える治世は平穏なものです。せいぜい、東部の大貴族の一部が家督相続の争いをしているぐらいで……」
「理由はどうでもいい。それに、どんな圧政を敷いている王であろうと、死ねば立派な王として葬られるし、途中で殺されれば悪人であることが喧伝される。それだけのことだ。大事なのはお前が従う気がないということだけだ」
つまらなそうに王子は言った。
機嫌は悪いだろうが、激しい怒りの感情もないらしい。
このまま機嫌を悪くした程度で終わってくれればいいが。
「それに、そもそも毒殺が難しいのです。食事の場に私たち薬草伯家は近づくことを許されていません。古来からの慣例です」
「そうなのか? では、計画自体が立てられんではないか」
なんとなく、そんな気がしてきたが、本当に知らなかったのか。
この方は本当に故実を知らない。
アルデミラ侯爵令嬢が言うように、薬草伯家は薬草学に特化した知識を家で継承し、王家に奉仕することで爵位を賜っているのだ。薬も知っていれば、毒も知っている。
「薬草伯家の者が調理の場や会食の場に居合わされれば、それだけで警戒されます。私だけが捕まるだけでなく、首謀者が誰かといったことも必ず調べられます。その時、殿下にも危険が及ぶわけです」
「わかった、わかった。この件は諦める。お前は俺の侍女だしな。俺が真っ先に疑われるのでは話にならん。ティエラ・エキュール、帰っていいぞ」
どうにか、私は王殺しをさせられることだけは回避することができた。
〇 〇 〇
三日後、王太子邸に出仕した私は、王子と婚約者のアルデミラ侯爵令嬢に呼び出された。
今日は密談ではないようで、警護兵もいれば、王太子邸に勤務している役人もいた。
「ティエラ、お前はいまだに婚約者もいないらしいな」
「ええ、お恥ずかしながら」
事実ではあるのだが、王子がニヤニヤした顔で言ってきたので、私は顔をしかめた。
伯爵家の娘が17歳で婚約者すらいないというのは、はっきり言って遅い。
「親に愛されていないと大変だな。お前の親父が正式な結婚をする前に遊女との間にこしらえた娘だから、しょうがないんだろうな。髪の色もお前ひとりだけ、金色ではなくて銀髪だし、正妻の血ではないとよくわかる」
これは暗殺を拒否した当てつけだ。
自分の筋が通ってなかろうと、私に反論されたことが腹立だしかったのだろう。
しかし、この程度で腹の虫が収まるなら我慢もできる。
とうてい成功しそうにない暗殺をやらされるよりはマシだ。
「おっしゃるとおり、私の母親は王都の遊女だったそうです。名前も、今はどこに住んでいるのか、存命しているのかすら私は知らされておりません」
「そこでな、俺はお前のためにいい婚約者を選んでやった。オーキッド・ハルクスという子爵だ。歳は21だ。お前とそう変わらんだろう?」
子爵か。伯爵家の娘とはいえ私の立場を考えれば、それほど悪い話ではない。
だが、王子が善意ですべてを決めているとは思えなかった。
「そうそう、この子爵は東部の小さな盆地の村の領主だ。到着するまで時間もかかるし、数日中に出発してくれ」
そこまで言われて、王子の意図がわかった。
無謀な計画とはいえ、私に暗殺を漏らしたのだ。
遠方に追いやって、とことん人払いをしてしまえということだ
「数日中……ですか?」
「そうだ。五日以内に王都を出ない場合は俺への反逆行為とみなす」
実質的な追放刑か。
しょうがない。心の中でそうつぶやいて諦めた。
私の立場で逆らえるわけもない。薬草伯家としても、遊女との間にできた娘などいてもいなくてもいいのだ。
出立の用意もしないといけないので、最低限の事務作業を終えて帰ろうとしたところでアルデミラ侯爵令嬢に呼び止められた。
「悪いけど、あなたに王都にはいてもらいたくなかったのよ」
「密談に呼ばれた以上、やむをえない措置です。心配なさらずとも、誰にもしゃべりません。証拠も何もありませんし」
「違うわよ。あなたが王子のそばにいると、王子があなたに誘惑されるおそれがあるからよ」
私はあぜんとした。とても思い当たる節などない。
「何かの勘違いだと思いますが……。それに殿下にはアルデミラ様がいらっしゃいますし」
「あのね、男というものは一人の女だけしか愛せないとは限らないのよ。私を愛していても、ふと飽きてほかの女に目がいくこともあるわ。あなたは家でも日陰者かもしれないけど、薬草伯家の娘であることは事実だし」
もしかして、この人の見当違いな嫉妬のせいで、私は遠方に追いやられるのか。
誰からも顧みられないのは仕方ないが、いろんな人間の恨みを買うのは神を呪いたくもなる。
「はぁ……。殿下もさすがにもう少し見目麗しい女性を探すと思いますが」
アルデミラ侯爵令嬢はあきれたというため息を吐いた。
「あなた、薬草のことには詳しいようだけれど、色恋は本当に興味がないのね。自信がないから地味な服を着ているんだろうけれど、あなた、顔の造作は十分に整っているわよ。ただ、その価値を見せることをしてないだけ」
容姿を褒められる経験などあまりないが、褒められるとやはりうれしいものだ。
しかし、そのせいで遠方にやられるわけで、割に合わないか。
「だから、王子があなたの価値に気づく前に確実に消えてもらうの」
侯爵令嬢は私の耳元で囁いた。
少し、不気味な感じがした。
〇 〇 〇
三日後、私は王都の城門を抜けて、東部へと旅立った。
オーキッド・ハルクスという子爵は標高の高い山里を一つ持っているぐらいの弱小地方貴族らしい。
「らしい」というのは、王都で調べてもほとんど情報が出てこなかったからだ。
独立した子爵とはいえ、事実上、地方の大領主に臣従しているのではないか。
ならば、個別に王都と接点を持つこともないから情報も入らないだろう。
王都にいたところで幸せになれるとも思えなかったし、流刑に近い扱いを受けても絶望はしない。私には希望がないからだ。希望がなければ絶望もない。
ただ、懸念点はある。
東部の領主は今でも家督相続がもめれば、小規模な合戦になることは珍しくない。
オーキッドという領主も血の気の多い男かもしれない。とくに拳が飛んでくるような男は勘弁してほしい。
その点、薬草伯家の父は私と正妻の子供との間に差はつけたが、暴力を振るうことはなかった。陰険ではあったが、武力に訴えることはなかった。
そこはオーキッドという若い領主に会って確かめるしかないか。
それと……侯爵令嬢の「消えてもらう」という言葉だ。
たんに遠方に飛ばす以上の意味が込められてるような凄みがあったのだが……。
オーキッドという領主のいるナクレ州は東部といっても山岳地帯で、6日ほど東部街道の馬車の進みやすい道を通った先で4日北上することになる。
この北への道は細いところも川に転落しそうなところもあり、あまり整備もされていない。
馬車が川に転落しないでくれよと願いながら、私は酔いに耐えた。
川といっても王都近くを流れる大河ではなくて、滝のような急流だ。落ちたら、流される前に岩に叩きつけられて絶命するかもしれない。
そして、ナクレ州に入り、ようやく子爵の治める村落が近づいてきた。
日も暮れてきたが、これなら残り1、2時間で村落につけるだろう。
だが、そんな時、突然、馬車が止まった。
何か嫌な予感がして、馬車の幌から顔を出した。
5人組の山賊らしき風体の男がそこにいた。
道の左側は谷川へと落ちる崖、右側は木々の生えた斜面で、連中はそこから降りてきたらしい。
変化はそれだけではなかった。
すぐに御者が馬を置いて、走って逃げていった。ほかにも逃げ出す供の者がいた。
逃げようとすること自体は自然の反応だが、やけに手際がよすぎる。普通はパニックになると、人間は硬直するものなのに。
その違和感はすぐに証明された。
「悪いが死んでもらうぜ。アルデミラ侯爵令嬢に依頼されてるんでね」
侯爵令嬢は最初から私を殺す気だったのだ。
「処刑したい奴を流刑の途中で殺す、古来からよくある例だろ」
なんで、そこまで? と思ったが、暗殺の話を聞かせたのだし、念には念を入れようということなのだろう。
「ん? やけに落ち着き払ってるな。どういうこった?」
山賊の一人が不思議がった。
理由は簡単だ。私は諦めているからだ。
谷川へと身を投げれば辱しめを受けることなく、死ねるだろう。ここまで進退窮まったからには、それしか道はない。
私はゆっくりと谷川の崖へと近づいていった。
幸せとは言いがたいが、これ以上不幸になることもないのだから、これでいいだろう。
だが、飛び込む前に「待てっ!」という激昂した声が聞こえた。
山賊たちにとったら首の一つでも持って凱旋したいだろうし、待てと言いたいだろう。
だが、声の必死さが少し違った。
狩人のような青年が山賊の奥に立っていた。
山がちな場所だし、狩人がいてもおかしくないが。だとしたら、この場に出くわしたせいで、彼も不幸にも命を落としてしまう!
「面倒だな。お前ら、とっととそいつも殺せ!」
山賊のリーダー格がそう命じた。
やはり、あの人も殺される!
だが――狩人の青年はすぐに矢を放つと、近づいてきた男ののど元に矢を打ち立てた。
もう一人には、ナイフにしては長い刃物を抜いて、同じくのど元を切り裂く。
「こいつ、やけに手馴れてやがる!」
リーダーも異常を悟ったが、もう遅かった。
器用に刃物を操る青年は残りの山賊の息の根も止めていった。
まさか、一人で五人を倒すなんて……。
私は茫然とその様子を見つめているしかできなかった。
「怪しい輩がうろついているという話を里の住民から聞いていたのですが、本当でした。婚約者の方も通る道なので、このままではまずいなと思ったのですが…………」
青年は何かに気づいた顔になった。
「もしや、薬草伯の長女、ティエラ・エキュール様でしょうか?」
青年はその場にひざまずいた。
「え、ええ……まさしくティエラです。危ないところを助けていただき、本当にありがとうございます」
「僕はオーキッド・ハルクスです。その……爵位はあるものの、とても本来はあなたと婚約することなどできない田舎領主です」
ずいぶんと腰が低い。そうか、こんな山の中に王都から伯爵令嬢が来ないかもしれないが、それにしても極端だ。
「その……僕には本当に一人の従者もいないのです。村長だって下男やメイドぐらいは雇っているでしょう。ですから、破談にしていただいて構いません。この縁談もおそらく何者かの悪意によるものでしょうし……」
そんなに卑屈になることはないのに。
そう頭の中で思った私は、同じように頭の中で笑ってしまった。
それは私も同じじゃないか。
自分に存在価値などないとずっと卑屈に生き続けてきて、運命に流され続けてきた。
逆の立場になっても、私は似たことを口にしたと思う。自分に価値はないからこんな縁談はやめていいと。
私は彼の前で腰をかがめた。彼と同じ目線になるように。
「顔を上げてください、子爵。そして、もしよろしければ、私を妻に選んでくださいませんか?」
「選ぶだなんて……。僕と結婚すれば、従者がするような労働もやる羽目になりますよ。王都で何があったかわかりませんが、爵位はなくてもそれなりの商家に嫁ぐことなど、伯爵令嬢なら容易でしょう」
「子爵、私を侮辱しないでください。私はあなたを夫にしたいと本気で思っているのです」
その言葉にウソはなかった。
それに、どうせ伴侶を選ぶなら、自分の身を守ってくれるような方と一緒になりたいじゃないか。
誰かを救うために命を懸けられる方なら、心を疑う必要もない。
「わかりました。あなたに呆られないように努めます」
「あなたではなくて、ティエラと呼んでください」
その時から、私はオーキッドの妻となった。
〇 〇 〇
それから1年間、私はお店を経営し、なかなか繁盛させていた。
「たしかにむくんでいますね。ではパースニップの根を処方します。薄切りにして野菜として食べてもらってけっこうです」
私は頬を押さえているおばさんに白い根を渡す。
オーキッドの所領で暮らすようになって、私はすぐに薬草の店を開いた。自分の知識を活かして、何か商売ができればと思ったのだ。
子爵邸とは名ばかりの家でオーキッドと一緒に暮らすようになった直後は畑を手伝いもしたが、私は体力的には典型的な王都育ちの小娘らしく、手助けになるどころか手がかかることのほうが多かった。
これではダメだと、思い切って薬草の店をやることに決めた。
周辺の集落に似た店はなかったこともあり、遠くからも人が訪れて、なかなかのにぎわいとなった。
「鎮静剤として干したヘンルウダの草をお出ししますね。胃が荒れやすいので食後に服用してください」
お客さんの症状を聞いて、薬草を出す。本格的な病気には薬草ではなくて、医師の治療が必要だが、日常の不調なら薬草の領分だ。
その収入で、従者とメイドを雇うこともできるようになった。おかげでオーキッドの耕す畑も広くなってきた。
オーキッドは狩りもとても得意で、鹿肉はしょっちゅう食卓に並んだし、野菜も自分の畑のものと村落からもらうもので十分にまかなえた。
つつましくも、落ち着いた夫婦生活。
華やかな王都での生活とは比較できないが、これまでの人生で最も恵まれた時間だと思う。
そんな店に秋の中頃、長い赤毛の女性が訪れた。フードをかぶっているが、それでも赤毛が目立つ。
「外国からもらった土産の中に知らないキノコがあったので、念のため持ってきたんです。ここなら、毒かどうかもご存じかと思いまして」
女性が出してきたのは、茶色くておいしそうなキノコだった。
いや、これは……。この国では採れないはずだが……。
実物では初めて見るものなのに、すぐ名前が浮かんだ。それだけ特異な反応が出るものだったのだ。
「すみません、慎重に確認させてください。図鑑で確認いたします」
ほぼ間違いない。別種だとしても、毒を持っている可能性は高いから口にはしないほうがよい。
「食べる前に持ってこられてよかったですね」
私は自分のことのように安堵した。
「これはどういうものなのでしょうか?」とフードの女性が尋ねてきた。それは気にもなるだろう。
「まず、私の反応でおわかりかと思いますが、これは毒キノコです。外国ではアカササコと名付けられています。ササというのは、この国にはほとんど自生していない植物の名前で、その根元に生えるキノコです。それで、症状がとても派手に出るんです」
「嘔吐を繰り返すとか、錯乱状態になるとかですか? そういう毒キノコの症状なら話に聞いたことがあります」
私は首を横に振った。
「専門用語では、肢端紅痛症と言います」
当然、聞いたことはないだろう。私は続ける。
「手足などを中心に、全身の末端部分が赤く腫れて、激痛が走ります。量によりますが、多く食べれば助からずに命を落とします。しかも、恐ろしいことに……」
私は過去に読んだアカササコの外国の事例を思い出しながら続きを語った。
「この毒キノコは発症が遅くなるケースが珍しくありません。数日後に突然症状が出たりするため、原因がわからず、外国ではつい最近まで風土病だと思われていました。いまだに毒キノコとすら認識されずに食されていることも多いのです」
私はアカササコに関する事例をできるだけ詳しく語った。
相手の女性も熱心に聞いているようだった。
「ありがとうございました。大変お役に立つ説明をありがとうございます」
女性は丁寧に頭を下げた。立ち居振る舞いがやけに洗練されているので、商会の女性事務員などをしているのかもしれない。それなら貿易で外国とのつながりがあってもおかしくないだろう。
「アカササコは本当に危険なキノコです。そして自生している国でも、発症の遅さから毒と知られずに食べられているケースも多いそうです。送ってくださった方も知らなかったのでしょう。食べる前にここに来てよかったですね」
「あなたの薬草伯の娘としての矜持、たしかに拝見いたしました。これからも幸せに恵まれますように」
そう言って、彼女は去っていった。
どことなく、不思議な人だなと思った。それに、薬草伯の娘と知っていたし。
しばらくすると、畑仕事をしていたはずのオーキッドがあわてて店に入ってきたので、「店じまい」のプレートをドアに提げることになった。
「ねえ、ティエラ。君のところにやけに上品な女性が来なかったかい?」
「ええ、キノコを鑑定してほしいという方がいらっしゃったけど、どうかしました?」
「見慣れない顔だけど、騎士階級の挙措だなと思って。とにかく、この土地に長く住んでる住民でも、ゴロツキでもない。かといって高名な貴族とも違う。何者なんだろう……。殺気は感じなかったから危険はないとは思ったけど……」
「私としては、歩いてるのを見かけただけで、そこまで見抜いちゃうオーキッドが何者かって思いますけどね」
私はくすくすと笑った。
そして、両手を広げた。
「オーキッドは昔のことは語りたがらないけれど、だいたい察しはつきます。十代の頃は大変な仕事をされていたでしょう?」
オーキッドの家系が貴族階級の末端に連なる者なのは間違いない。
しかし、それはいわば辻斬りや暗殺を生業にする者をどこかの枠に入れないといけないからつけたラベルのようなものだ。
弱小の領主はそういった汚れ仕事をさせられがちだ。まして十歳になる前に両親を亡くしたオーキッドは生きるために、大貴族に仕える若い暗殺者になるしかなかった。
人を殺すことが仕事だと教えられて、実行してきたオーキッドの心は根本から優しさに飢えているところがある。
大領主だって軍勢を率いて戦争に出て人を殺すが、それとオーキッドが担ってきた仕事は質が違う。オーキッドに心が休まる時間は本当になかったはずだ。
けれど、オーキッドは私を後ろのほうから抱き締めた。後ろからなのは照れくさいからだろう。
「とにかく、ティエラが無事でよかった」
「少し土臭いから、水浴びでもしてきてほしいです」
「もう少しだけ。あと3分」
まあまあ長いなと思いつつ、私はオーキッドに甘えさせていた。
こんなに誰かに大切にされることなんて、去年までは考えられなかったのに。
私はオーキッドのための縁になろうと改めて思った。
〇 〇 〇
雪が積もり、溶けはじめた数か月先のこと、こんな田舎の里にも行商人が噂を届けてきた。
なんでも、ギルベール王子やアルデミラ侯爵令嬢たちが突如として奇病にかかったという。
「両手両足が真っ赤に腫れあがって激痛が走るんだそうです。しかも、まったく引かず、訳がわからないと」
私は「不思議なこともあるものですね」と怯えるような顔をして答えたが、実態が何かはすぐにわかった。
アカササコを盛られたのだろう。
一か月後、王子と侯爵令嬢が激痛に苦しみ続けたまま、衰弱死したという一報が届けられた。
急性の症状が治まっても痛みが残り続けて、食事も睡眠もろくにとれずに力尽きたのだろう。そういう症例も読んだことはある。
毒殺というより、処罰だ。一か月苦しみを与えたすえに殺すという処罰。
「以前に来た変な空気をまとっていた女性、王直属の部隊か何かだろうね」
夕飯も終わり、メイドや従者を帰し、二人きりになった時間にオーキッドが言った。
「少しだけ、僕がまとっていた空気に似ていたからね。おそらく入手した毒キノコが本物かどうか確認しておきたかったんだろう。彼らは念には念を入れるからね」
「そのようですね。アカササコは見た目だけでなく味も美味と聞きますし、しかも発症が最大で一週間後に現れるので毒見役がいたところでわかりません。いえ、むしろ毒見役は王子の食事を大量に食べはしませんから、少量で中毒にすらならない可能性がある」
そこまで言って、私はそのキノコが毒殺に極めて便利な特質を持っていることに気づいた。
食品の顔をして、実は猛毒。しかも変化が出るのは、ずいぶん先。
しかも、アカササコはこの国の産ではないのだから、薬草学者や博物学者が現物を目にでもしないかぎり、何が原因かさえ発覚しない。
見た目が似たキノコと混ぜてしまえば、とてもわからない。
「王子たちが王を殺そうとしていたし、ティエラの命も狙っていた。かけた呪いが自分に返ってきたんだろうね」
この呪いはもちろん迷信めいたものではない。
おそらく、そういった事実がどこかで漏れて、王側の耳に入ったのだ。
そして、苦しみが長く続く罰を受けた。
「面識のない誰かが死んだことを喜ぶ気にはなれないけれど、これでティエラの身がより安全になったとは思うから、そこは素直によかったと思うよ」
「ええ。私もオーキッドともっと長く過ごしたいですから」
私はオーキッドの右手を自分の両手で包んだ。
「うん、僕も努力する。でも……失敗した時はごめん」
気弱そうにオーキッドは笑う。
「なんで謝るんですか。それに失敗だなんて、不吉ですよ」
「さっき、呪いって言っただろ。それなら、過去に何人も殺してきた僕が殺されてもおかしくないからね。僕を恨んでる人間はたくさんこの世界にいるはずだから」
それはそうなのかもしれない。オーキッドの仕事は恨まれることが前提のものだった。
私は手にさらに力を込めた。
その私の手にオーキッドが左手を乗せた。
「でも、今は守りたい人がいるから、誰かを守るために戦うよ。ティエラを一人にしないために戦う」
「ええ、もし傷ついても私が治療しますね」
「じゃあ、治療で助かる程度のケガで済むようにしないとね」
オーキッドははにかんで、少年のように笑った。
私たちがこれから末永く平穏に暮らせるかはまだわからない。
でも、ある意味、そんなことはどこの誰にとっても同じことだ。
そして私たちは平穏に暮らせる努力をすることはできる。
どうか、オーキッドを幸せにできますように。
◆終わり◆
思い切って長編版に挑戦しております。
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短編版の内容を加筆修正しつつ。短編版ではあまり書けなかったティエラとオーキッドの二人のやりとりを中心にしたやりとりを書いていければと思っております!
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作中の毒キノコは架空のものにしていますが、よく似た症状のものは実在します。毒キノコには本当にご注意ください!