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第97話 血筋

人工的に生み出された、魔王の血を引くレーン一族は人の世で秘められた力——召喚を覚醒させる。

ただの人間と判断した魔王の判断は裏腹に。


力は代々継承されていき、その中から天才召喚師と呼ばれる者が現れた。

その人物の名は、カズール・レーン。


稀代の天才と称えられた彼は、魔王軍との激しい戦いを勝ち抜くためある召喚魔法を生み出す。


それは――異世界召喚である。


「これが上手く行きさえすれば」


人類の力では、魔王軍に太刀打ちできないのは明白だった。

その状況を打開すべく、カズール・レーンは異世界の力に期待し召喚を行う。


だがその際、大きな誤算が二つ発生する。


一つは――


「ぐ、ううう……これは……」


異世界からの召喚は、世界の壁を超える物だ。

その難度は通常の召喚の比ではなく。

また、その際にある程度生命力を失う事は最初から分かっていた事だった。


だが、カズールの身から失われた生命力は想定を遥かに超えていたのだ。

結果的に、彼はその生命力の半分近くを失う事となってしまう。


これがまず最初の誤算である。


そして二つ目が――


「ここは……」


召喚によって姿を現したのは、10代程の美しい少女だった。

誰から見ても、戦闘とは無縁の優し気な風貌をした。


現に、彼女は魔力を持っておらず。

そして特殊なスキルも、高い身体能力も持ち合わせていなかった。


――そう、召喚条件が上手く働かなかったのである。


「そんな……失敗するなんて……」


自らの生命力の半分を失い。

現れたのが、年端もいかない少女だった事実は天才だった彼を打ちのめす。


「あの……ここはどこでしょうか?」


異世界から勇士達を呼び出し、この世界の為に戦って貰おうとしていた計画は完全に頓挫した。

それもほぼ修正の効かない形で。


その事に絶望し、その場に膝をつくカズール。

少女は暫くおろおろしてから、恐る恐るそんな彼へと声をかけた。


「あ、ああ……すまない。私とした事が、ショックの余り呆けてしまっていたようだ」


カズールが今の状況を説明する。


「そ、そんな!私戦う事なんてできません!今すぐ返してください!!」


「そうしてあげたいのは山々なんだが……」


送還の魔法は用意されていた。

だが、それも異世界召喚とほぼ同量の生命力が必要となる。


――そう、同量だ。


召喚によって想定以上に莫大な生命力——半分ほど――を奪われてしまった事から、送還もまた同じだけの大量の生命力の消費が予想された。

つまりそれを行う事は、カズール・レーンの死を意味しているのだ。


「そんな……」


「少しの間時間を貰えないか?魔法は必ず改良して見せるから。どうか……頼む」


「わかり……ました。信じてもいいんですよね?」


少女はすぐにでも元の世界に帰りたかった。

だが、それをするには目の前の男が死ぬ必要があると聞かされ、しぶしぶ男の言葉を承諾する。


「ああ。この天才、カズール・レーンの名に懸けて必ず」


カズールには天才としての自負があった。

だから必ず改良して見せるとそう豪語したが、魔法の改良は上手くはいかなかった。


進まぬ研究。

ただ無為に時間が過ぎて行く中。


最初はぎこちなかったカズールと少女の関係が変化していく。


「余り根を詰め過ぎないでくださいね」


「ありがとう」


少女の持って来てくれたお茶を受け取り、カズールが疲れた様子を見せながらも穏やかに笑う。


有体に言うならば、二人はお互い惹かれ立っていたのだ。


「あの、この絵は……」


少女が、カズールの研究室に飾ってある絵について思い切って尋ねる。

彼にひかれ出した彼女が、少し前から気にしていた物だ。

そこにはカズールと並ぶ美しい女性が描かれており、その手には小さな赤ん坊が抱かれていた。


「ああ、これかい?これは……別れた妻と、娘との肖像画さ」


「ご結婚されていたんですね」


「まあね。もっとも、召喚魔法の研究に明け暮れていたら愛想をつかされて捨てられてしまったけどね」


カズールは世界の為に努力していたが、その思いは家族には伝わらなかった様である。

まあそれも無理ないだろう。

魔王軍の進軍はとても緩やかな物で、領域の境界部以外ではほとんど被害が出ていない状態であるため、都市部で平和に暮らしている人間にはまだまだ危機感が足りない状態だったからだ。


そのため、多くの貴族や王族は魔王軍と人類が拮抗していると勘違いしていた。

実際は、魔王が時間をかけて真綿で首を締める様にじわじわと追い詰める事で人類の進化を促しているだけとも知らずに。


「そっか。離婚してるんだ……ふふ、でもしょうがないですね。カズールさんは夢中になると周りが全然見えなくなりますからね」


少女は答えを聞き、ほっと胸を撫でおろす。


「はは、そうだな。気を付けようとは思ってるんだけどね」


「きっと、カズールさんの事を丸ごと受け止めてくれる人が現れますよ」


「いるといいんだけどね」


――やがて二人は結ばれる事になる。


それぞれ違う世界の住人であるため、それは禁断の恋と言ってもいいだろう。

だがそんな障害は、二人の思いを遮る壁たりえなかった。


愛し合う二人の幸せな時間。

だが、その時間は長くは続かなかった。


「敵襲だ!」


「うわぁぁぁ!!」


「化け物だぁ!」


カズールの生活した場所が、魔物によって襲撃されたのだ。

そこは境界部より内側にあったにもかかわらず。


「けけけ、ここから臭いがするぞ」


襲撃した魔物の首魁は魔人スメルス。

人狼の姿をした、とんでもなく鼻の利く魔人である。


この魔人が境界部を超えてきたのは、異世界から持ち込まれた異物の臭いを嗅ぎつけたからだ

つまり、異世界の少女の臭いを遥か遠くでかぎ取り、不思議なにおいに興味を持ってその出所を襲撃した訳である。


「喰ったらどんな味がするんだろうなぁ」


「くっ……」


「カズール!」


魔人の恐ろしい姿に、少女が恐怖からカズールに抱き着く。

周囲からは火の手が上がって退路はなく。

しかも魔人という強力な存在に狙われた二人の生存は、絶望的と言えた。


「彼女には指一本触れさせない!」


「へひゃひゃ。それはなんの冗談だぁ」


カズールが魔法を詠唱する。

だが、それは召喚魔法ではなかった。


彼の使役獣達では、目の前の魔人にはどう転んでも敵わない。

だから彼は決断したのだ。

少女を、元の世界へと送還する事を。


「エリ、愛している。君は生きてくれ……」


「カズール!!」


こうして少女は元居た世界に送り返される事となる。

カズール・レーンの宣言通り魔人に指一本触れさせる事無く。


愛する女性に、幸せに生きていて欲しい。

その願いは天に通じたのか、この後エリは地球で穏やかな晩年を過ごし、天寿を全うする事となる。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「郵便でーす」


ある田舎の一軒家に、郵便配達員が荷物を届けにやって来た。


「はーい」


男性がしばらく待つと、扉が開いて美しい女性が姿を現す。


「あ、生まれたんですね。おめでとうございます」


その女性の手には、おくるみに包まれた生まれたんばかりと思われる小さな赤ん坊が抱かれていた。


「ありがとうございます」


「可愛らしい赤ちゃんだ」


配達員が、赤ん坊のその愛らしい姿に顔をほころばせる。


「名前はもう決まってるんですか?」


「ええ。かずと……この子の名は勇気和人」


女性は少し寂しそうに微笑み、言葉を続ける。


「あの人の――亡くなったこの子の父親から、名前を一部貰って付けたんです」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ふむ……どう考えても、あれしか考えられんな」


魔王の居城。

その玉座にて、魔王が思索にふけっていた。


「如何なされましたか?」


魔王の前に跪いていた、影の様な姿の魔人グヴェインが顔を上げて尋ねる。

その忠誠心の高さから、配下として、少しでも出来る事はないかと思ったからだ。


「なに……大した事ではない。過程はどうあれ、結果が出ているのならそれを素直に喜べばいいだけだからな」


「は」


疑問の答えには程遠い返答だったが、グヴェインはそれ以上尋ねる事はなかった。

主が納得しているのならば、それが全てだからである。

彼にとって、自身の感じた疑問などは取るに足らない事なのだ。


「私のしてきた努力も、決して無駄ではなかったという訳だ。くくく……そういえば地球には、努力は必ず報われるという言葉があったな。やはり努力という物は素晴らしい物だ」


魔王がグヴェインの背後へと視線をやる。

そこには黒い女性のシルエットをした何かが佇んでいた。


グヴェインが影ならば、彼女はもっと儚い、吹けば容易く飛んで行ってしまいそうな靄の様な姿をしている。


「お前もそう思わないか?なあ――」


その黒い何かに、魔王が楽し気に語り掛ける。


「エギール・レーン」

拙作をお読みいただきありがとうございます。


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