第95話 昔話
遥か昔。
異世界では神々の戦争があった。
元々その世界に君臨し。
慈愛の心で世界の安寧を見守っていた善なる神々と。
そことは別の場所より飛来した。
全てを亡ぼす破壊の神々との間に。
神々の戦いは長く続き、やがてその戦いはほぼ相打ちと言う形で終局を迎える。
元々いた善なる神々は、結界を張って破壊神達を世界から追い出す事に成功したが――結果全滅。
破壊神達側も、7柱を残し死亡。
その7柱も大打撃を受け、数百年と言う長らくの療養が必要で。
しかも結界があるため、もう二度とその世界に入る事も出来ない状態となる。
これはお互いの目的を考えれば、ほぼ引き分けと言っていい状況だろう。
――神々の戦争が終わりをつげ、異世界に再び静寂が訪れる。
だが神々の戦争で異世界の負ったダメージは深刻で。
生物の多くが死に。
極一部の地域を除き、生物の住めない地域と化してしまっていた。
それでも人は、生物は、神が磨いた頃より遥かに狭くなった生存圏で。
そしてその恩寵がなくとも。
精いっぱい生きていく。
それが善なる神の、最後に残した細やかな願いだった。
――だが、彼らの願いは叶わない。
「ここは……」
破壊神陣営が拠点としていた場所。
そこである存在が目覚める。
それは破壊の神々が、戦争で有利に働くよう開発した対神用の生物兵器だった。
戦争中には間に合わず、神が消えた事でリンクが閉ざされ、その結果、未完成の状態で覚醒したのだ。
「私は……」
神と闘うはずだった存在。
だが既にこの世界には従うべき神も、倒すべき神もいなかった。
生まれると同時に存在意義を失ったそれの内に渦巻いていたのは――
強くなりたいという衝動と。
そして強敵との戦いを求める渇望だ。
「敵を探そう。そして殺し。喰らい。私はより強くなる」
それは本能の赴くままに動き出す。
「この世界の生物は弱すぎる。喰らう価値もない」
だが彼の衝動を満たす様な強敵はいなかった。
残された世界にあったのは、彼の欲望を到底満たしえない虚弱な生物しかいなかったからだ。
――だがそれは諦めなかった。
「ならば私が鍛えてやろう。そしてお前達には強くなって貰う。私を満足させる程にな」
魔王は自らが脅威となり、人類を真綿で首を絞めるかの様に長い時間をかけて追い詰めていく。
強い危機感が生物を強くさせると、本能的に知っていたからだ。
――やがてそれは、生存を脅かされた人々からいつしかこう呼ばれる様になる。
“魔王”と。