第93話 燃やす
「お前は何者だ?」
部屋の端まで投げ飛ばしたシェンが、ゆっくりと歩いて此方へとやって来る。
奇襲に激高して突っかかってこない当たり、恋に狂ってはいてもその辺りは冷静に判断できる様だ。
まあ恋に狂ってさえなければ、の話ではあるが。
「俺に会いたかったんだろ?俺がエギール・レーンだ。まあもちろん偽名だけど」
「お前が……では彼女は?」
シェンが俺の言葉に、クレイスの方を見る。
「俺の影武者だ」
まあ実際は違うけど、まっとうに説明するきもないしな。
今回の立ち回りから影武者って事にしておいた。
「お前が本物のエギール・レーンか……まあそんな事は今更事はどうでもいい。私は彼女を妻に迎える。彼女を寄越せ」
戯言を真顔で言ってくる。
何故そんな無茶苦茶が通ると思うのか?
「寝言は寝てから言え。このロリコン野郎」
会話が通用しそうもないし、中指を立てて丁寧にお断りを入れてやった。
これで相手がどうしようもない馬鹿でも、こちらの誠意はきっちり通じた事だろう。
「そうか。素直に渡さないのなら……力づくで手に入れるのみだ」
シェンが真っすぐに突っ込んで来た。
パワーアップした今の自分なら力尽くが通用すると思っての行動なのだろうが、残念ながらそれは儚い夢である。
「なにっ!?」
シェンの姿が消え、俺の横に現れると同時に拳を突きこんできた。
俺はその攻撃を、体を少しひねって躱す。
消えるタイミングと出てくる場所が分かっている以上、不意打ちでも何でもないからな。
あたる訳がない。
「なに驚いてんだ?さっきぶん投げられたの忘れたのか?」
さっき投げ飛ばされたのを、偶然か何かだとでも思ったのだろうか?
出来る奴なら、偶然だろうと何だろうと一度破られたら警戒する物だ。
それが出来ない当たり、このシェンって奴も戦闘経験が浅いと言わざるえない。
「くっ」
転移攻撃を回避された事でやっと警戒したのか、シェンが後ろに飛んで間合いを開く。
流石に、二度目を偶然と考える程おバカではなかった様である。
「クレイス。よく見とけ」
「はいぃ?何をですかぁ?」
「俺の周囲だよ。ちゃんと見てれば、あいつの転移には対応できたはずだからな」
「はーい」
クレイスに注意を促す。
転移対策を覚えさせるために。
これは魔王との戦いを見据えての事だ。
正直、あいつとの戦いはどういう状況になるか想像もつかない。
だからこそ、死ぬ心配がなく――精霊は物理的な手段では基本殺せない――魔王戦に連れていけるであろう精霊達には、少しでも強くなって貰う必要があった。
――少しでも条件を良くするために。
まあ、王やその側近が転移攻撃なんてちゃちな真似はしてこないだろうが……攻撃手段とその対策法を知るという事は、別の何かに繋がる可能性があるからな。
覚えさせて損はない。
「んじゃまあ……」
「!?」
俺は地面を蹴り、一瞬で警戒するシェンとの間合いを詰めた。
奴はその俺の動きに全く反応できず、絶句する。
「どうした?クレイスを力尽くで手に入れるんだろ?ならさっさと俺を倒して見せろよ」
「ちぃ!」
シェンが拳を振るうが、俺はそれを軽く躱す。
「それじゃ当たらねーぞ。真面目にやれよ。嫁にしたいんだろ?」
「言われるまでもない!彼女は俺が娶る!!」
叫ぶと同時にシェンの体が消える。
背後だ。
俺は素早く半歩横に動き、奴の拳を躱してみせる。
「くっ……おのれ!」
その後続けて放たれたラッシュも、鼻歌交じりに華麗に回避。
クレイス相手ですら、正面切ってだとまともに当たるか怪しい攻撃など今の俺にあたる筈もない。
――そして再び転移。
今度は上からの奇襲。
落下しながらのカカト落としだったが、俺はそれを後ろに飛んで躱す。
「何故だ!何故当たらん!!」
「この世に無敵のスキルなんて都合の良い物はねーって事だ。クレイス、ちゃんと見てたか?」
「はぁい!バッチリですぅ!空間がもわわんってなるの、感じましたぁ」
クレイスにもちゃんと感じられた様だ。
ならもうこれ以上、相手の攻撃を待つ必要はないな。
「さて、じゃあ今度はこっちから攻撃させて貰うぞ」
シェンには、体内にある何かによる超回復がある。
なので、ちょっと小突いた程度では意味がない。
頭か心臓。
もしくは、その両方を破壊するのが一番手っ取り早く終わらせられる方法な訳だ。
が、まあそういう訳にも行かない。
仮にも相手は外国の立場ある人間だ。
ここで殺してしまえば、大問題になるのは目に見えている。
勿論、郷間が酷い目にあわされただとか。
クレイス達を殺そうとしてたとかなら、話は代わって来るが……そういう訳でもないしな。
という訳で――
「熱炎拳!」
――スキルを使わせて貰う。
拳から炎が吹き上がり、右ストレートがシェンの腹部を捕らえる。
そしてその瞬間、奴の体内へと俺はその炎を打ち込んだ。
「ぐああああぁぁぁ!!」
――熱炎拳。
虐殺の魔人ダボラスから習得したスキルで、炎を纏った拳で相手を殴り、その炎を相手の体内へと打ち込むスキルだ。
炎を打ち込まれ、体内を焼かれた相手は藻掻き苦しむ事になるエグイスキルで。
強い相手には簡単にレジストされるため格下にしか使えない点から、攻撃よりも拷問用のスキルと言えるだろう。
実際、ダボラスは人間を拷問するために使ってたからな…
え?
そんな攻撃をしたら死ぬんじゃないか?
それなら問題ない。
打ち込んだ炎はコントロール可能だ。
なので、奴が体内に抱えている何かだけを上手く燃やす様にすれば重症程度で済む。
それだって、最低限回復できる分を体内に残しておけば、勝手に自力で回復するだろうし。
ま、死ぬほど痛いだろうけど。
そこは自業自得だ。
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