第91話 マスター
「が……あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「む……」
地面に転がり、長らくうめき声をあげもがき苦しんでいた勇気蓮人が雄叫びを上げる。
その声に、ダンジョン内で携帯ゲームを弄っていた魔王が手を止める。
「ほう……」
――それは覚醒の兆し。
「思ったより少し早かったな」
彼の想定では2週間ほどだった。
それよりも少し早い覚醒に、魔王は目を細める。
「先程から届いている焦りの信号……精霊の危機に応えたと言うところか。さすがは勇者といった所だな」
精霊は基本、その奥底でつながっている。
そのためクレイスの強い焦りがアクアスへと伝わり、そして憑依中の蓮人へとその危機を伝えていた。
激痛に苦しむ勇気蓮人に意識はない。
意識はないが、その本能が精霊の危機に反応し、無理やり覚醒を終わらそうとしているのだ。
――大切な仲間を守るために。
かつて誰一人救う事の出来なかった彼にとって、それは強い後悔となりその魂に刻まれていた。
その悔恨が、勇気蓮人の本能を突き動かす。
「ふむ……体が縮んでいくな。それにこの感覚……まさか……」
勇気蓮人の肉体が縮んでいく。
彼の仲間を守ろうとする無理やりな覚醒の影響もあるだろうが、それだけではない。
限界の更に限界を超えた事で発露される、勇気蓮人の中に眠っていた力を感じ取り、椅子に座っていた魔王は立ち上がった。
そして勇気蓮人の体に触れる。
「間違いない」
魔王が口の端を歪めて笑う。
勇気蓮人のうちに秘められた力—―その源泉が何かに確信し。
「くくく……こいつが通常の限界を超えた限界突破が可能だったのも。そしてエギール・レーンによって召喚されたのも。ただの偶然だった訳ではなかった様だな」
ここまで起きて来た事は全て必然。
そう魔王は確信する。
「これはますます期待が持てるという物だ。楽しみにしているぞ、勇気蓮人」
魔王が縮んでいく勇気蓮人に向って魔法を発動させる。
ただしその対象は彼自身ではなく、身に着けている衣類だ。
「勇者の覚醒シーンが全裸では格好がつかないからな」
勇気蓮人の身に纏っていた鎧は、体が小さくなった影響で指輪の状態に戻ってしまっていた。
そして着ている服も、このまま縮み続ければ全て脱げてしまっただろう。
なのでこのまま行けば、勇気蓮人は全裸で覚醒を迎える事になる。
それは流石に自身のライバルたる勇者に相応しくない姿と考え、魔王は衣類のサイズが体にぴったり合うための魔法をかけたのだ。
「ぅ……く……ここは……」
勇気蓮人の肉体が10歳ほどになったところで肉体の変化が止まり。
そして意識を取り戻し起き上がって来た。
「目覚めたか」
「魔王……」
魔王が声をかけると、勇気蓮人が殺意を込めた瞳で彼を睨みつけた。
その様子に肩をすくめ、魔王が彼に問う。
「やれやれ……私と睨めっこしてていいのか?精霊がピンチなのだろう?」
「……」
「転移の阻害は解除してあるぞ。それとも……敵わぬと分かっていながら今私と闘う事を選ぶか?」
「……魔王、お前は必ず俺が倒す」
怒りに駆られて優先順位を誤る程、勇気蓮人は愚かではない
彼は捨て台詞を残し転移魔法でダンジョンから出ていく。
「ああ、期待しているぞ。勇者よ」
魔王は手に携帯ゲームを持ったままだった事を思い出し、画面に目を移す。
そこには、全義妹達が満面の笑顔で集合している姿があった。
「いい暇つぶしにはなったな。さて、これでラストだ」
魔王が選択しを選んでボタンを押すと、全ヒロインが一斉に『お兄ちゃん大好き!』と叫んだ。
そして始まるエンディングとスタッフロール。
しかもそれはトゥルーエンドを迎えた場合のみに流れる、特別バージョンだ。
魔王は最初のプレイでウルトラバッドエンドを迎え……少しイラっとした。
その事で、何故だか負けた気分になった魔王は本格的にゲームの攻略へとのりだしたのだ。
そして彼は勇気蓮人のもだえ苦しむ横でゲームを続け、そして極めた。
『義妹を育てろ!エンジェルハニー♡完全版』を。
「ギャルゲーマスターか。くだらん称号だ」
エンディングが終わり、実績解除の文字が画面に映し出される。
そこには『全実績解除』と『称号:義妹を極めし者』が表示されていた。
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