第84話 秘術
「剣は抜かないのか?」
剣を手にせず、自然体で構えるエギールにシェンが問う。
「そちらもすでだ。それに……必要かどうかは、こちらで決める」
「そうか……ならば実力で抜かせてやろう!」
シェンがエギールに仕掛ける。
その両手を広げ飛び掛か狩るさまは、虎が得物に飛び掛かる姿を連想させた。
「ふん!」
シェンの振り下ろされる両腕。
それをエギールは片腕で受け止める。
「ほう、これを容易く受け止めるか」
この瞬間、武術の達人であるシェンは確信する。
エギールの強さが自身と同等か、それ以上である事を。
その事実に、彼は背後に飛び退りながら口の端を歪めた。
シェンには二つのプランがあった。
それはエギールが自身より強かった場合と、弱かった場合に分かれるものだ。
強かったならば、戦いを通してレベルアップという目的が果たせる。
その場合は中国への勧誘こそすれど、無理強いするつもりはなかった。
敵対して下手につつくよりも、ある程度良好な関係を築いていく事に重きを置いたプランだ。
だがもし彼女が自身より弱かった場合、レベルアップは叶わない。
そうなれば中国でのレベル7の量産計画が頓挫してしまう。
その場合は……たとえ力でねじ伏せてでも、シェンは彼女を中国に連れ帰るつもりだった。
中国でレベル7を量産させる装置として。
因みに郷間武を丁寧に持て成したのは、エギール・レーンが想像以上の強者だった場合の保険だ。
彼女が敵対する者に対して容赦しない可能性が高い事は、毒指の一件で判明している。
万一エギールの強さが自身より圧倒的であった場合、下手にその不興を買えば、最悪自身の命に危険が及ぶ可能性があった。
だから郷間武を手厚く持て成し、そうならない様保険をかけておいたのだ。
この事から、シェンが狡猾かつ慎重なタイプである事がよく分かる。
「さっきのは小手調べだ。次からは本気で行くぞ!」
シェンが再びエギールへと突進する。
その言葉通り、その動きは先程よりずっと早い。
「ふっ!」
シェンの巨体から嵐の様に繰り出される、スキの少ない鋭い拳や蹴り。
それを裁きながら、内心エギールは感嘆する。
その強さに。
「すげぇ……エギールが防戦一方だ……」
「なんて動き……レベル7……いえ、それ以上の動きよ。ひょっとしてレベル8の身体強化能力者……」
そしてその尋常ならざる激しい動きに、周囲の人間もまた息を飲んだ。
「くくく」
身体強化能力の持ち主と言う神木沙也加の言葉に、柳鉄針が小さく笑う。
何故なら、シェンの能力は身体強化ではないからだ。
むしろ、彼の持つスキルは直接的な戦闘能力強化にはほとんど影響しない部類だった。
シェンの持つ、能力者としてのスキルは一つ。
それは【煉丹術】だ。
このスキルは魔法少女の様な複合能力を持つ。
まず一つ目は、制圧した生物を煉化——強制的に別の形へと変化させる――し、丹薬の素材へと変える効果。
そしてその素材を元に、丹薬を練成する効果が二つ目だ。
そのしてその能力によって生み出された丹薬は、ダメージの回復のみならず、気力や精神力すら回復してしまう万能薬となっている。
それが優秀な回復手段である事は疑い様がないだろう。
だが、それに単純な戦闘能力向上効果はない。
ではなぜシェンがたったレベル5にもかかわらず、周囲が超高レベルの身体能力者と勘違いするほど力を持っているのか?
それは彼の。
正確には、数千年と言う中国大陸の歴史の中で武の極みを追い求めるあまり、自らの肉体すら実験材料にしてきたシェンの一族の努力の結晶ともいえる、特殊な体質からくる秘術があったからだ。
その秘術の名は換骨奪胎。
換骨奪胎は肉体を作り変える秘術であり、外見的な性別を変えたり、それ以外にも勇気蓮人の扱った魔法、限界突破の魔法に近い効果すら持っていた。
つまりシェンは自身の限界を引き上げ、更に過酷な訓練によって人を超えた力を発揮しているという訳である。
ただし、それだけならここまでの力を得る事は出来なかっただろう。
彼は秘術である換骨奪胎と、自身の能力者としてのスキルを融合させ、とんでもない試みを行っていた。
それは――煉化した魔物を丹薬の素材ではなく、素材の状態——限りなく魔物に近い状態で自身の肉体に換骨奪胎で取り込んだのだ。
普通ならばありえない暴挙。
だがシェンの一族はその暴挙を繰り返す事で秘術を手に入れた経歴があり、彼もまたその血を受け継ぐものとして当然の様に自らを実験台にした。
その結果、魔物の怨念が肉体にデスマスクを作るなどの副作用は出た物の、彼は魔力を含めた魔物の力の一部を手に入れる事に成功している。
本来この地球に存在しなかった魔力を、シェンが持っていたのはそのためだ。
「防戦一方では話にならんぞ!」
シェンが叫びながら、拳を高い位置から振り降ろす。
「そうですかぁ。なら反撃しますねぇ」
そのシェンの顔面を、素早い動きでエギールの拳が捕らえた。
「ぐぶうぅぅぅ……」
そしてその巨体が勢いよく後方に吹き飛ぶ。
確かに彼は強い。
能力者と言う括りの中でなら、最強と言ってもいいだろう。
だがそれでもなお、剣を抜いていないエギール・レーンにすら届かない。
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