第80話 ぽろっと
「満足したか?」
「おう、満腹だ。しかしあれだな……俺はもっとひどい待遇なのかと思ってたんだが」
食事を終えた郷間武が、ソファに身を沈める様に寛ぐ。
連行されている最中、彼の中では薄暗い独房の様な所に閉じ込められ、厳しい尋問が課せられるといった想像が働いていたが、現実は違っていた。
独房は愚か、彼が通されたのは大使館にある豪華な客室の一室であった。
「飯も美味いし」
「こちらとしては、エギール・レーンと敵対する気は更々ないからな」
柳鉄針が郷間武を連行したのは、あくまでもエギール・レーンと接触するためである。
敵対的関係を築きたい訳ではないので、彼を痛めつけるなどはしない。
少なくとも現在は……
「おいおい。人の事さらっておいて、友好的もくそもないだろが。仲良くしたいならさっさと俺を解放しろよ」
「お前は何を言っているんだ?まさか自分がしでかした事を、忘れた訳じゃないだろうな?」
鉄針が郷間の言葉に呆れたようにため息をついた。
「お前は大使館随員に暴行を働き、その結果大使館に拘束されているんだぞ?こちらは暴行犯を捕縛しただけだ。言ってしまえば大義名分は此方にある。お前を拘束するための大義名分がな」
「ぬ……」
「…敵対云々関係なく、お前は拘束されてしかるべき人間だ。その事でエギール・レーンに恨まれる謂れはない。いやそれどころか、こちらは彼女が引き受けに来るのなら解放してやると言う温情まで出している。本来なら解放する謂れなどないのに、だ。言ってしまえば、これはエギール・レーンへの貸しだ」
目的が何であれ、郷間武が連行されたのは随員に暴行を働いたためである。
そのため正義は中国側にあり、その事を非難される謂れはなかった。
勿論、その理屈がエギール・レーンに通じる保証はない。
表向きや対面を気にしない人間は、感情だけで動く可能性があるからだ。
「そんな綺麗ごとが、あいつに通じるとでも。そんな事より、俺に優しくして開放した方が印象はぜったにいいと思うけど?」
「その場合、接触事態難しくなる?違うか?だからその選択肢はない。仮にお前の言う通り道理が通じず、敵対するのなら……まあその時はその時だ」
そういった事態は、当然鉄針達も想定していた。
――もしそうなったら、その時は対処法を変えるのみ。
それが中国側の判断。
つまりまずは最低限友好的に接し、万一敵対すれば実力行使も辞さないというのが彼らのスタンスという訳だ。
「はぁ……つまりどうあっても、エギールが来なけりゃ俺は解放して貰えないって訳か」
友人に助けてもらった後の事を考え、郷間武が憂鬱そうにため息をつく。
ここで酷い扱いをされなくとも、後々勇気蓮人にお仕置きされるのは目に見えていたからだ。
この現状は大失態ではあるが、勇気蓮人の手を借りず穏便に済ませる事が出来ればリカバリーは可能。。
それどころか、クレイスに頼んで隠蔽だって出来るはず。
そう
「最悪、中国まで俺達と同行して貰う事になるだろうな。ひょっとしたら、お前とは長い付き合いになるかもな、くくく……」
「その笑い方、物凄く悪人っぽいぞ。素の見た目もあるから余計に。あと……あんたって結構べらべらしゃべるんだな。最初会った時は無口ポジに見えたのに」
「ふ……あの時は兄がいたからな」
「おに……あ、いや……」
お兄ちゃんの前では大人しいタイプかよ。
そう言おうとして、郷間武は言葉を飲み込む。
何故なら、彼の兄の柳毒指はすでに亡くなっているからだ。
それも蓮人の手によって。
基本的に深く物を考えないタイプの郷間武だが、流石にその程度の配慮ぐらいは出来た。
「ああ、言っておくが……《《勇気蓮人》》の事は恨んでいないぞ。兄とは仲が悪い……と言うか、子供のころから酷い目に合わせられて憎んでいたからな。だから死んでくれて清々しているぐらいだ」
「そ、そうなのか……」
弟に毒を飲ませるぐらいだし、確かに死ぬほど仲が悪かったんだろうな。
そう郷間は納得する。
ひっかけには全く気付かず。
実際は、毒は鉄針の意思で飲んだも者だった訳だが。
とは言え、仲が死ぬほど悪かったと言うのも、あながち嘘ではなかった。
「ああ。だからむしろ、《《勇気蓮人》》には感謝している」
「そっか。蓮人の事は恨んで……ん?蓮人?」
この段になってやっと気づく。
鉄針がエギールではなく、勇気蓮人と呼んでいる事に。
「ああ、勇気蓮人だ」
「いやいやいや、何言ってんだ。あんたの兄貴を殺したのはエギールだろ?」
慌てながら訂正する郷間を見て、鉄針が嫌らしく目元を歪めた。
冷静に対処すればいい物を、慌てる時点で答えを出しているのと同じである。
「くくく、どうだろうな」
「だ、だいたいエギールは女だ!蓮人とは性別が違う!」
「性別などどうでもなるだろう。スキルがあれば。まあ仮にそういったスキルがなくとも……その気になれば骨格や身体つきを女の様に変える術はあるがな。もちろん、整形手術なんかじゃないぞ」
性別を変える方法は普通にあり、そしてその術を柳鉄針の主である神は持ち合わせていた。
そしてエギール・レーンも彼と同じ様な力を持っているのではないかと、鉄針は推測していた。
そのため、性別は何のフェイク足りえない。
「そんな真似ができる奴が他にも……あっ、いやそうじゃなくてだな……」
さらなる失言に気づき、郷間がさらに慌てる。
他にもできるという事は、それが可能な人間を知っていると白状するのと同然だ。
「まあそう慌てるな。あたりは既につけていたからな」
様々な情報を加味し、鉄針達は十中八九勇気蓮人がエギール・レーンであるとあたりをつけていた。
だからこそ、ピンポイントで勇気家に見張りを付けていた訳である。
「つまりお前が否定しようが否定しなかろうが、俺達は勇気蓮人がエギール・レーンだと判断して動くまでだ」
「ふん、そうかよ」
郷間武は不貞腐れた様に、用意されたベッドの上に寝転ぶ。
鉄針におしりを向ける形で。
「なあ、お前らはエギールに会ってどうするつもりだ?」
そして少しの沈黙ののち口を開いた。
「俺達の目的か?とうぜん、中国に引き込む事だ。彼は優秀だからな」
「それは絶対無理だぜ」
ゲームにまで規制をかけられている様な国に、蓮人が行くはずがない。
それを知っている郷間武はそう確信して答えた。
もし中国がギャルゲー大国だったなら、話は多少変わっていただろうが。
「まあそれは理想だな。それが無理でも、得たい情報はいくらでもある」
「情報?そりゃなんだ?」
「レベル7への育成方法だ」
中国には現在、レベル7の能力者が二人しかいない――Sランク討伐の際にランクアップしている。
だからレベル7へ上げる方法があるのなら、それを欲するのは当たり前の事だろう。
現在はダンジョン攻略でのみ脚光を浴びている覚醒者達だが、いったん戦争になれば彼らは超優秀な兵士、もしくは兵器となりえるのだから。
そしてその方法を勇気蓮人が握っていると、鉄針達は考えていた。
だから何としてでもエギール・レーンと接触したがっているのだ。
「お前が知っているのなら手っ取り早いんだが……ま、こんなにあっさり掴まる間抜けに情報を与える程馬鹿でもないだろうからな。勇気蓮人は」
大した情報はもっていない。
そう思われているからこそ、尋問も何もないのだ。
「ふん、誰が間抜けだ」
そう言って郷間武は目を閉じた。
この時平静を装ってはいたが、内心はドキドキ物である。
知ってる事がばれたら不味そういう事だけは、理解できていたためだ。
それから数日間。
郷間武はぽろっと漏らしてしまわない様、大使館の一室で細心の注意を払ってゴロゴロする。
――そして日本での引き渡し刻限である、日曜日が訪れた。
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