第8話 装備
「ふぅ……」
部屋に戻って、ベッドに体を放り投げた。
あの後、郷間のおじさんの見舞いに行ってから帰って来ている。
久しぶりに見たおじさんの姿は、思い出の中よりずっと疲れた感じにやつれていた。
話によると、前にしていた仕事はクリスタルの魔物化――顕現のせいで潰れてしまったそうだ。
それでおじさんは心機一転、息子と二人で会社を立ち上げ訳だが……今度は引き抜きでえらい目に。
災難に次ぐ災難。
そらやつれるわな。
「郷間の奴め……」
今回だけだっつったのに、郷間の奴が親父さんに俺がいるからこれから安泰だとかぬかしやがった。
違うって訂正したかったが、泣いて感謝の言葉を口にするおじさんの前でそんな事は言える訳もない。
「泣いて感謝してやがった癖に、あいつ絶対俺の事良い様に利用する気だろ」
恐ろしい奴だ。
だがまあ、会社がある程度軌道に乗るまでは、少し位手伝ってやってもいいだろう。
別に戦う気になった訳ではないが、おじさんのあんなやつれた姿を見せられたら、放っておく訳にもいかないからな。
「そういやクリスタルの改ざんの事、郷間に言うの忘れてたな……ま、いっか」
別にたいした問題ではないだろう。
ああ、クリスタルで思い出した。
エギール・レーン――彼女から受け取った指輪があったよな。
「確か小物入れに……」
箪笥の最上段は左右に分かれていて、右が小物入れだ。
そこに適当に放り込んだ記憶があるので、中を漁る。
「あった」
紅い宝石の付いたシルバーの指輪。
使い方は良く分からんが、取り敢えずそれを右手の人差し指に嵌めて見た。
わざわざ指輪の形をしているんだ。
嵌めて使えって事だろう。
「……魔力でも送ってみるか」
軽く握って見るが、特に変化は起きない。
こういう時は魔力を流すに限る。
すると――
「これは!?」
瞬間、全身を何かが包み込み、視界が若干暗くなる。
自分の手を見ると、分厚い黒の手袋が嵌まっていた。
「この感触――」
懐かしい感触だ。
自分がどういった状態か、何となく理解する。
「やっぱりか」
魔法で鏡を生成し、自分の姿を確認してみる。
そこには、全身黒で統一された鎧姿が映っていた。
これは異世界で戦っていた時の装備だ。
どうやら指輪には、俺のかつての装備が封じられていた様だ。
「置いて来たってのに……」
日本に帰るのに、戦うための装備は必要ない。
そう思って向こうに残して来たのだが……態々こんな形で黙って俺に持たせるとか、エギール・レーンは何を考えているのやら。
「あいつ……ひょっとして、この世界にダンジョンが出て来た事知ってたのか?」
異世界から人間を召喚できる訳だから、呼び出す世界の情報をある程度手に入れられてもおかしくはない。
だったら帰す前に説明しろよな。
いやまあ、さっさと帰せとせっついたのは俺なんで、流石にそれは理不尽か。
「しかし、これ渡されてもなぁ」
確かに最高峰の装備ではあるが、今日倒したゴブリンの強さを考えると、使う必要性は皆無だ。
まあ高ランクになればまた話は変わって来るんだろうが、そんな所に入るつもりは更々ない。
郷間の会社じゃ、そういったダンジョンの権利を購入する資金もないだろうしな。
「何が役に立つだよ。ったく、ふざけ――」
急に部屋の扉が開く。
扉の先に立っていたのは母だった。
「あんた誰!?」
俺の姿を見て、母が目を向く。
仮面付きのヘルメットを被っているため、顔が見えないので誰か分からないのだろう。
「俺だよ」
「なんだぁ、蓮人か。お母さんをびっくりさせないでよ……って!アンタなんて格好してんの!」
「いやまあ、ちょっと……」
「ちょっとじゃないわよ!変なコスプレなんかして!」
母が興奮して喚く。
まあ確かに、傍から見たらコスプレにしか見えないだろう。
「直ぐに着替えるよ。それで?用は何?」
「郷間君と出かけたんでしょ。それで?どうだったの?」
そう言えば母は、郷間に俺の就職の世話をするよう頼んでたんだったな。
だからあいつは家に尋ねて来た。
そう考えると、母は郷間の救い主と言えなくもない。
まあ当の本人は、あいつん所の会社の状態なんて知りゃしなかったんだろうけど。
「まあ暫く、あいつんとこで世話になる事になったよ」
就職した訳ではないが、嘘はついていないしいいよな?
「あらあら!郷間君には感謝しなくっちゃね!」
寧ろ向こうが涙を流して感謝してくれてるよ。
「今日は赤飯よ!お母さん腕によりを掛けちゃうから!」
そう言うと、母は部屋から飛び出して行ってしまった。
めでたい事があると赤飯を炊く。
古い日本の様式美だ。
「ま、鯛の尾頭付きはないだろうな」
そっちも祝い事の際に出る物だが、値が張る物だ。
ケチな母がそんな高い物を買って来るとは思えなかった。
まあそれ以前に、スーパーに置いてあるかも怪しいしな。
「収納機能もあるかな?」
指輪の感触はあるので、再び魔力を流し込んでみた。
すると身に着けていた装備類の感覚が一瞬でなくなる。
ちゃんと着脱自由に出来ている様だ。
「しかし……エギールのせいで、変な趣味があるって誤解されちまったじゃねーか」
本当に余計な事ばかりする女だ。
文句の一つも言ってやりたい所だが、もう二度と会う事もないから諦めるしかない。
「こういう時は癒されるに限る。よし!『義妹を育てろ!エンジェルハニー♡』再開だ!」
俺は胡坐をかき、ゲーム機の電源を入れる。
郷間のせいで邪魔されてしまったが、俺にはリリアをパーティーでエスコートする役目があるのだ。
画面に可愛らしいリリアの笑顔が映る。
「さあ、可愛らしい義妹に癒されるとしよう」
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