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第66話 虫よけ

深夜、ある豪邸の一室。


「ふぅ……」


スーツ姿の初老の男性が万年筆を筆立てに差し込み、小さく溜息をついた。

どうやらお疲れの様である。

まあこんな時間まで書類仕事をしていたなら、疲れるのも無理はないだろう。


転移酔いが収まってきた俺は、剣を引き抜く。

気配はスキルで完全に断っているので、相手は背後にいる俺に気づいてはいない。

俺は手にした剣――魔剣グルメを、音もなく相手の首筋に押し当てた。


「――っ!?何者だ?」


老人は一瞬驚きこそした物の、落ち着いた声色で尋ねて来た。

大した胆力である。

これが郷間なら、悲鳴を上げていてもおかしくはないだろう。


「エギール・レーンと言えば……分るな?」


今の俺はフル装備の黒尽くめ状態。

声も既に変えてある。


「何の用だ……というのは、余りにも愚かな質問か」


配下を使ってエギール・レーンを探っている際中に、本人に襲撃されれば馬鹿でも理由は察しが付くだろう。


「わしを殺すのか?」


そんなつもりは更々なかった。

身辺調査をされたから問答無用で殺すとか、俺もそこまで非道じゃないからな。

もっとも、脅しをかけている状態でそれを馬鹿正直に伝える様な真似はしないが。


「それはこれから出す条件の返答次第だ」


ぶっちゃけ、対処法としては毒で支配するのが一番手っ取り早い。

だが、顔見知りの親族にそれをするのは流石に躊躇われた。

出来れば穏便に済ませたいので、脅しつつ交渉する事にする。


但し、交渉が決裂する様なら……


「条件?」


「ああ、条件は2つ。一つは、私を姫宮グループの所属にする事」


――姫宮グループに所属を希望するのには理由があった。


今の俺は、日本で一番有名な能力者(プレイヤー)となっている。

何せSランクダンジョンのボス――実際はそれよりも遥かに強い相手だったが――を、単独で撃破している訳だからな。

下手をしたら世界一有名レベルだ。


お陰でフルコンプリートには、連日取材やテレビ出演の依頼がひっきりなしに飛び込んで来ていた。

まあ面倒くさいのでオファーは全部断っているが。


当然そんな状態だと、謎の女剣士の身辺調査をする輩は遅かれ早かれ出てくるのは目に見えていた。

今回はそれが姫宮グループだった訳だが、対処してもきっと同じ様な事は続くだろう。


そこで姫宮グループへの所属である。


世界規模の会社に所属する人物の周りを嗅ぎまわるというのは、言ってしまえばそこに喧嘩を売るのと同義だ。

余程の馬鹿でもなければ、そんな真似はしてこないだろう。


つまり、姫宮ブランドを虫よけに使わせて貰おうって訳だ。


え?

フルコンプリートの方はどうするのかだって?


Cランクダンジョンを問題なくクリアできるレベル4が3人に、レベル6である俺がいるからそれで十分だろう。

もう、エギール・レーンによる宣伝は不要だ。


「ほう……それは此方としては願ったり叶ったりではあるが」


「但し、受ける仕事は此方で選ばせて貰う。指示も気に入らなければ無視する」


纏めると、美味しい仕事だけ受ける。

だ。


自分で言っててなんだが、我ながら厚かましい条件ではある。

だがまあ、諜報活動に対する報復だしな。

遠慮する必要はない。


「所属はするが、指示は受けない……か。それで、もう一つの条件は?」


「戸籍だ」


エギール・レーンには戸籍が無い。

まあ俺が変装している架空の人物な訳だから、当たり前の話ではあるが、やはりないと不便だ。

パスポートも取れないし。


「私と……勇気蓮人の家で世話になっている知人――クレイスという女性の身分を用意して貰う」


ついでなので、クレイスのも条件として付け加えておいた。

ないよりはあった方が良いから。


「それ位、姫宮グループなら容易い事だろう?」


戸籍なんて物は個人でどうにかなる物ではないが、姫宮グループならどうにでもなるだろう。


「条件はそれだけでいいのか?」


「ああ、それだけだ。後、言うまでもないとは思うが……私へのこれ以上の詮索は無用にして貰うぞ」


これが一番重要なので、ハッキリと言っておく。


「いいだろう。だが、条件を飲む前に一つだけ教えて貰いたい」


「なんだ?」


「孫を――沙也加をフルコンプリートに勧誘した理由だ。貴様が勧誘したのだろう?」


……ああ、そういう事か。


沙也加のフルコンプリートへの加入と、見張りが始まったタイミング。

そこから、なぜ姫宮剛剣がエギール・レーンの調査を始めたかを俺は察する。


どうやら彼は孫を心配して、エギール・レーンの身辺調査を行った様だ。


「勘違いするな。私も、そして誰も勧誘などしていない。彼女は自らの意思で、魔法少女としてやっていくためにフルコンプリートに移っただけにすぎん。何らかの形で利用する気などない」


嘘は言っていない。

俺はたんに煽っただけだ。

フルコンプリートに来いなんて、一言も言ってないからな。


「そうか……そういえば沙也加は、子供のころから魔法少女が好きだったな。隠してはいたが、わしは知っておった。出て行ったのは、わしらに迷惑を掛けない為だったか」


おっきな魔法少女は別に恥じる事ではないんだろうが、世間とは世知辛い物だ。

姫宮グループ内で奇行に走れば、一族その物に泥を塗る事になりかねない。


だから弱小であるフルコンプリートに移って来たのだろう。

神木沙也加は。


「エギール・レーン。どうか沙也加の事をよろしく頼む」


「これから姫宮グループの所属になる私に頼まれてもな」


「ふ、形だけであろう?」


そりゃそうなんだが……


頼まれても正直困る。

面倒くさいし。


ま、取り敢えず戸籍と虫よけゲットだ。

拙作をお読みいただきありがとうございます。


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じっちゃ、珍しく会話できるキャラだった ナイス爺
じいさん、孫のマスコットにならないか?
こういう、理解有るじいちゃん好きだわ
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