第62話 秘すれば花
「マジカルサーヤ参上!」
「……」
郷間がしつこく電話をかけて来るので、俺は仕方なく事務所へと向かう。
そして扉を開けた瞬間、強烈な人物が目に入って――いや、飛び込んで来た。
――コスプレ姿で変なポーズを取る神木沙也加が。
うんまあ、コスプレではないか。
俺の中で新たな習得可能スキル――魔法少女が一覧に加わっているから。
なので特殊能力による変身だ。
てか、なんで変身してんだ?
こいつ。
「マスターのお陰で私は目が覚めました!これからは一魔法少女として頑張りますので!よろしくお願いしますマスター!!」
可愛らしく、かつ元気のある声質。
更には眩しいばかりの屈託のない笑顔。
格好を含めて、昨日とは完全に別人だ。
そのあまりの変貌ぶりに、俺は思わず呆然としてしまう。
つうか、誰がマスターだ。
誰が。
≪溢れ出るマイロードの偉大さに気付いたようですね。優秀な人物の様です≫
……んな訳ねぇ。
だいたい、優秀な人物はこんな風には絶対ならない。
それだけは確信して言える。
しかしたった一晩で成層圏まで飛んで行ってしまうとは……我ながらとんでもないスイッチを押してしまった物だ。
とは言え、俺がそれを気にする必要はないだろう。
自分の人生は自分の物。
環境や状況はどうあれ、神木沙也加が自らそれを選択したというのなら、その責任は彼女自身にある。
だからマスターとか言って俺に関わってくるな。
一人で勝手に強く生きてくれ。
「おぉぉ~、いいですねぇ。いいですねぇ」
一緒に付いて来たクレイスが目をキラキラと輝かせながら、神木沙也加の周りを「いいですねぇ」と口ずさみながらウロチョロしだした。
どうやら、神木沙也加の魔法少女姿をいたく気に入ってしまった様である。
精霊の趣向は謎だ。
「凄く凄~く、可愛いですねぇ」
可愛い……か?
彼女はそこそこ美人だし、スリムでスタイルもいい。
が、やはりフリフリだらけの超ミニスカ姿は年齢的に無理がある。
2Dならそこまで違和感を感じない格好なんだろうが、年上の3Dがこれだと流石にアレとしか思えない。
少なくとも、俺にはそこに可愛らしさを見出す事は無理だ。
「ありがとう!私頑張るね!」
クレイスの可愛いという発言に、神木沙也加が謎のポーズで返事を返す。
しかもウィンク付きで。
彼女は身も心も完全に魔法少女になり切っている様だ。
ご愁傷様です。
「……」
奥にいる郷間が、困った様な顔で俺を見て来る。
その眼差しは「そのままだと流石にきついので、何とか修正できないか?」と、暗に物語っていた。
フルコンプリートは人材不足だ。
そこに飛び込んで来てくれたレベル4は、喉から手が出るほど欲しい存在だろう。
とは言え、余りピーキーすぎる人物を入れる訳にはいかない。
トラブルメーカーになるのは目に見えているからだ。
欲しい。
でも入れるのはリスクが高い。
その板挟みの結果、郷間はマスターと呼ばれる俺なら多少は修正出来るのではないかと期待している様だった。
そう言うのを何とかするのが、お前の仕事だと思うのは俺の勘違いだろうか?
とんだポンコツ野郎である。
と言いたい所だが、今回は流石に剛速球過ぎるわな。
これを何とかしろというのは、アホの郷間には荷が重いという物。
「やれやれ……」
しょうがないなと、俺は小さく溜息をつく。
まあ魔法少女の特性で攻めれば、行けるだろう。
「神木沙也加さん。一つ聞いていいか?」
「マジカルサーヤです!マスター!」
「マジカルぅ、クレイスでぇす。マスター」
神木沙也加が呼称を訂正して来る。
そして何が楽しいのか、クレイスがその真似をしだした。
あまり感化されても困るんだが、そこは一旦放っておこう。
「改めて……マジカルサーヤ。君は何故変身してるんだ?」
「魔法少女だからです!マスター!」
「私も魔法少女にぃ、なりたいですぅ。マスター」
「うん、クレイスはちょっと黙っててくれ」
余計な口を挟まれてしまうと、話が取っ散らかってやりにくい。
「はぁい」
クレイスが少し落ち込んだようにシュンとなるが、まあ後で甘い物でも与えてやればいいだろう。
「いいかサーヤ。魔法少女は変身をする。それは不変の法則だ。だが、君は大事な事を見落としている」
「大事な物……はっ!」
サーヤがハッとなる。
俺の言いたい事がちゃんと伝わった様だ。
「マスコットキャラクターが足りないって、そう言いたいんですね!マスターは!」
「うん、全然違う」
言葉をしゃべるチンチクリンな獣など、誰も求めてはいない。
「え!?違うんですか!?じゃあ何だろう……」
「はぁ……」
どうやら彼女は、魔法少女になりたすぎて基本的な部分が見えなくなっている様だ。
そう、魔法少女には絶対の法則がある。
それは――
「いいかサーヤ。魔法少女は愛と正義のために存在している。そしてその力――変身は、それを執行する時にのみ実行される崇高な儀式だ」
俺の知る限り、敵もいないのに常時変身しているお馬鹿な魔法少女などいない。
なんなら、正体を隠すために腐心するのが魔法少女の正しい在り方だ。
「つまり正体も隠さず、今のサーヤの様に四六時中変身して自分をアピールするなど……魔法少女失格だ!」
俺は少し言葉を貯めてから、彼女を指さし力強く宣言する。
これが漫画的なら――
ドーン!
――て感じの擬音が付いている事だろう。
2次元じゃないのが残念なぐらいだ。
「し……しまったああああぁぁぁぁぁぁ!!」
サーヤが両手で頭を抱え、絶叫する。
余りの瞬間大音量に、郷間が驚いて座ってる椅子ごとひっくり返ってしまった。
ショックなのは分るが、もうちょい声のボリュームは低めで頼む。
「サーヤ、魔法少女は秘めてこそだ!」
更にダメ押し。
「マスター、すいません。少し浮かれ過ぎていたみたいで……私、恥ずかしいです」
「誰にだって間違いはある。魔法少女は失敗や苦難を乗り越え……それを糧に成長していく物だ」
「はい!」
サーヤが変身を解き、魔法少女から神木沙也加へと戻っていく。
解除後の格好も、フワフワの子供用みたいな可愛らしい服着てたらどうしようかと思ったが、流石にその心配は無用だった様だ。
彼女は体にぴったりとフィットした、紺色のスーツを身に着けている。
「マスター――いえ、蓮人さんはいつも私に正しい道を示してくれますね」
声と言葉遣いが落ち着いた大人の女性、立ち居振る舞いが本来の神木沙也加の物へと戻った。
「お、おう……」
いつもとか言うが、示したのは昨日と今日の2回だけだ。
しかも一回目のは、世間一般的に見て完全に間違った道である。
返事に困るぜ。
「これからは、普段は才女神木沙也加。そして悪を討つ時は、魔法少女マジカルサーヤとして頑張ります。どうか見守っていてください」
丁寧に頭を下げた神木沙也加を見ながら思う。
『嫌です』と。
まあフルコンプリートに入って貰わないと駄目なので、流石に口にはしないが。
「まあ、あれだ……これからは同じ会社の人間として、期待してるよ」
「蓮人さんの期待に沿える様、努力します」
神木沙也加の真摯な瞳と言葉に、俺は適当な愛想笑いを浮かべておいた。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
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