第61話 二度寝
「そしてもう一つが――魔法少女」
ネットなんかでは、どういった能力があるのか大雑把に纏めてあるサイトがある。
だがその中に魔法少女なんてとんでも能力はなかった。
性悪さんだけのユニーク能力なのか。
それとも、一般的に公開できない様な危険な能力なのか。
俄然興味が湧いてしょうがない。
そしてそれが強力な能力だったなら、是非習得しておきたいという気持ちが強かった。
「すごく興味がありますね」
できれば見せて貰える流れに持ち込みたい所だが……
「興味?いい年をした女が、魔法少女なんて滑稽な能力を持っている事がおかしい。そう言いたいのかしら?」
性悪さんの顔から表情がスッと消え、声が冷たい物へと変わる。
どうやら本気で怒らせてしまった様だ。
ただその怒りはステータスを勝手に覗かれた事に対してではなく、魔法少女という能力を指摘された事に対する物の様に感じる。
ふむ……どうもこりゃ、魔法少女は変身能力っぽいな。
いい年をした女が魔法少女を持つ事を滑稽と言っている事から、その能力が変身だと俺は推測する。
只の強化や飛び道具系の能力だったなら、名称自体が特殊であっても、それ程気にする必要はないはずだ。
指摘されて馬鹿にされたと感じるのは……まあそういう事なんだろう。
「いやいや。まさか、そんなつもりは毛頭ありませんよ」
「……」
俺は取り敢えず彼女の指摘を笑顔で否定する。
実際、馬鹿にするつもりなんてなかったしな。
だが性悪さんは眉一つ動かす事なく、冷たい眼差しを此方に向けたままだった。
……どうやら、完全に地雷を踏み抜いてしまったらしい。
ここまで本気で怒らせてしまうと、普通にやっても挽回はまあ無理だろう
ギャルゲーを死ぬ程嗜んでいる俺には分かる。
――ここは一か八か、攻めの姿勢しかない。
ま、失敗してもどうせ失う物なんてないしな。
「ひょっとして、魔法少女は変身する能力だったりしますか?」
「だったら……何だって言うんです?」
「いえ、是非見てみたいと思いまして。俺ゲームが大好きで、対戦ゲームだと魔法少女キャラなんかをよく使うんですよ。アニメとかもよく見てましたし。だから、魔法少女になった神木さんに凄く興味が湧いちゃって」
もし彼女が魔法少女という変身能力自体に不快感を覚えていたなら、この発言は完全にアウトである。
自分の事を馬鹿にしたと思っている相手に、それを楽し気に見せろとか言われたらブチキレてもおかしくはない。
だがそもそも、その状態だと打つ手自体がないのだ。
だから俺はもう一つの可能性に賭ける。
そう、周りの目を気にして使えないだけという可能性に。
取り敢えず、魔法少女に興味津々である事を示し、その上で彼女の自尊心をくすぐってみる事にする。
「きっと凄く凛々しくて可愛いんだろうなって。さっきからそんな妄想ばかりしてます。だから是非、神木さんの魔法少女姿が見たくって」
言ってから、可愛いというのは失言だったかなと少し後悔する。
成人女性の魔法少女コスプレにその褒め言葉は、少々無理があると思ったからだ。
「ざ、残念ながら……貴方の思い描いている様な可愛い魔法少女の姿は……私はもう、そんな年ではないから。だからその……」
だが問題はなかった様だ。
性悪さんは一瞬だけ口を半開きにしてポカーンとした後、此方から顔を背け、俺の言葉に照れ臭そうにもじもじと答えた。
そこにはもう、怒りの感情は微塵も残っていない様に感じる。
うん……チョロいなこいつ。
「魔法少女に年齢なんて関係ないですよ。魔法少女は魔法少女だから尊いんです」
「そ、そうね。でも周りの目って物もあるし」
多分もう一押しだ。
性悪さんの反応から、彼女が魔法少女を心から愛している事はなんとなくだが分かる。
ならば――
「神木さん。魔法少女には試練がつきものです。彼女達はそれを乗り越え――そして真のヒロインになる!」
大声と共に、俺は勢いよく椅子から立ち上がる。
周囲の視線が集まるが、これは態とだ。
敢えて衆目を集め、その上で恥ずかしいセリフを叫ぶ。
周りの目など気にする必要などない。
それを態度で示すのだ。
「あなたは試練に打ち勝ち!真の魔法少女になるんだ!」
決まった。
これでフィニッシュだ。
そう思っていたのだが――
「……」
反応がない。
彼女は俯き、黙ってしまっていた。
おっかしいな?
俺の予想では、感激しながら「私!魔法少女になります!」って立ち上がる予定だったのだが……
「わ、私……その……し、失礼するわ!」
残念ながら、結果は俺の予想と通りとはいかなかった。
性悪さんは急に席から立ち上がり、そのままカフェから出て行ってしまう。
うーん、ミスったか……
こういう時、好感度を示すゲージやSE。
それにセーブロードがないのはホント困る。
「やっぱ現実は糞ゲーだな」
周囲からは、何とも言えない視線が俺に突き刺さる。
きっと周りの人間には、訳の分からない事を叫んだせいで女性に振られた痛い奴に見られている事だろう。
「どうも」
だがそんな好奇の視線など一切気にせず、俺は微妙な表情をしたウェイトレスさんが運んで来たバナナラテをゆっくりと堪能してから家に帰った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おい蓮人。お前なにした?」
翌朝。
郷間からの電話で目を覚ます。
そして開口一番、奴が放った一言がこれだ。
主語がないので何を言ってるのか全く分からん。
「あん?何言ってんだお前?」
「神木沙也加だよ」
「神木沙也加?誰だっけ?」
何か聞いた事のある名前な様な……
「ほら、姫宮グループにいた感じの悪い女だよ」
「ああ、あいつか」
昨日の事を思い出す。
性悪女改め、糞ゲー女だ。
「朝一でうちの事務所にやって来て、フルコンプリートに入りたいつってるんだよ?お前、何かしただろ?」
「はぁ?何にもしてねーよ」
昨日のイベントは見事に失敗している。
俺には何の関係もない筈だ。
「嘘つくなよ。蓮人の言葉で目が覚めた。私はこれから魔法少女、マジカルサーヤとして生きていくとか言ってんぞ?お前また、あの毒飲ませたんじゃねーだろーな」
どうやら、昨日のイベントは成功していた様だ。
つか所属とか言ってないのに、よく昨日の今日で俺を見つけられたな?
「そんな真似するかよ。失敬な」
「本当かよ」
「本当だ。じゃ、切るぞ」
「あ、ちょっとま……」
郷間は何か言いたそうだったが、俺はさっさと電話を切った。
会社に入れるかどうかは奴が決める事で、俺が気にする事ではない。
「しかし、魔法少女として生きていくと来たか……」
現代社会で成人女性が魔法少女として生きる。
その道のりには、果てしない苦難が待ち受けている事だろう。
「ま、どうでもいいか。もっかい寝よ」
だがしょせんは他人事。
俺は布団に潜り込み、二度寝した。
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