第40話 毒
探索初日。
俺達のグループは魔物と数度戦闘を行うが、特に問題なく終わっている。
現在は俺の背負っている背嚢から道具を取り出し、休憩中だ。
「ゴハンオイシイネー」
「いやー、柳さんの料理、最高ですね」
「柳さん、ひょっとして料理人だったとか?」
「いやいや、只の素人齧りですよ」
本来は適当な保存食と簡易的なスープの、ちょっと味気ない食事の予定だった。
だが鉄針が針を束ねて鍋を作り、それを使って毒指が炒め物を作ってくれている。
「確かに美味いな」
周囲が絶賛する様に、素材の限られた即興にしては出鱈目に美味い。
作っている姿も様になっていたので、俺も冗談抜きで料理人かと思ってしまったぐらいだ。
……これで隠し味の毒が入ってなかったら、最高だったんだがな。
フルフェイスの下の部分を開け、それを気にせず咀嚼し飲み込む。
俺には異世界で習得した毒に対する無敵に近い耐性のスキルがあるので、全く問題がないからだ。
まあ他の人間はそうはいかないだろうが、アクアスが言うには、致死性の毒ではないらしいのでまずは様子見する。
今の彼女の力があれば、解毒も容易いからな。
慌てて動く必要は無い。
≪お任せください≫
「御馳走様でした」
「いやー、キツイダンジョン攻略の唯一の癒しになりますね。柳さんの料理は」
皆食事を終え、思い思いに寛ぎだす。
それを待っていたかのように、毒指が立ち上がった。
「満足して頂けた様で、嬉しい限りです」
毒指はぐるっとメンバーを見渡し、そして目元を歪ませた。
性格の悪そうな、嫌らしい目つきだ。
「実は今の食事には、私特製の毒を入れておきました」
「……またまたー、変な冗談止めてくださいよ。一瞬どきりとしちゃったじゃないですかー」
冗談だと思ってか、金山千佳が笑う。
実際、そう思うのも無理はない。
能力者には、覚醒した時点で毒や病気などの異常に対する強い耐性が付く。
特に身体強化の能力者は、それが顕著だ。
そしてこの場には、3人も身体強化の能力者がいるのだ。
しかも1人はレベル7(仮)である。
そんなふざけた真似をすれば、俺に速攻ぶち殺されるのは目に見えていた。
だから普通は冗談だと思う。
周りの奴らも、ブラックジョークとして苦笑いしていた。
只一人、グエン・コン・ドゥックを除いて。
毒に気付いていた訳ではないだろう。
もしそうなら、そもそも口にはしてないはず。
恐らく、奴の声に含まれる高慢さを肌で感じ取って、事実と判断したのだろうと思われる。
彼が立ち上がろうとすると――
【動くな!】
毒指が一喝する。
その瞬間、グエンの動きが止まる。
いや、彼だけではない。
他の全員の動きまで、ピタリと止まってしまった。
「これは……」
「体が……」
「皆さん。安心してください。食事に混ぜたのは死ぬような毒ではありません。私の能力で産みだした、掌握毒という物です。これが体内に入ると、私の命令には背けなくなるという効果がありましてね」
毒指が食事に混ぜた毒の正体を、愉快気に語る。
「なんでだ……俺は身体強化の能力があるのに……」
「ははは。不思議ですか?そうでしょうねぇ。ハッキリ言って、皆さんの食事に混ぜた量では、身体強化能力持ちは疎か、能力者全般に通用しないでしょうな」
「だったら、何で……」
「我が柳家は、代々毒殺で生計を立てていた者でしてね。毒の効果を劇的に上げる秘薬の精製も、お手の物なんですよ。そこに更に、ダンジョンから齎されたマジックアイテムの研究結果を加える事で――」
柳が懐から赤い小瓶を取り出し、それを周囲に見せつけた。
「これが生まれた訳です。これと私の毒を混ぜ合わせれば、高レベルの身体強化の能力者ですら、私の毒の前では屈服せざる得ない。例えば、こんな風に……」
【跪け!】
毒指の言葉と同時に、《《全員》》がその場に跪いた。
そう、毒指以外全員。
鉄針も纏めて。
どうやらこいつ、弟も操っている様だ。
≪マイロード。何故跪かれたのですか?≫
俺が周りに合わせて動いた事を、アクアスが不思議そうに聞いてきた。
……情報を引き出す為だ。
この手の輩は、上手く行ってるとペラペラ自分からしゃべってくれる事が多い。
漫画やゲームだけの現象に思えそうだが、案外これが現実でも頻繁に起こる。
異世界で態と捕らえられた時なんかは、俺の命を狙っていた貴族が、それはもう嬉しそうに自分の悪事をペラペラとしゃべってくれたもんだ。
≪成程。理解しました≫
まあ喋らせなくても、目的は半分透けている気もするが……
何か追加の情報もあるかもしれないので、もう少しだけ様子を見る事にする。
「弟にも……毒を飲ませているのか?」
「おや、気づきましたか?実はそうなんですよ。弟は、家や政府のやり方に反発してばかりでしたのでね。改良した秘薬のテスト代わりに飲ませてやりました。今では従順そのものです」
楽しげな声からは、弟に毒を持った罪悪感の様な物は感じられない。
真正の糞野郎の様だ。
「さて……皆さんには私の配下として、我が国のために働いて貰いますよ。ああそのまえに、他の皆さんに毒を盛るのも手伝って貰わないといけませんねぇ。この攻略隊、全てを私の配下に置かなければなりませんから」
「ソンナフザケタマネ……サセラレルグライナラ、シタカンデシヌヨ」
「くくく、素晴らしい心意気です。ですが……それは困りますねぇ」
【自害は許可しない!】
「さて、これで自害できませんよ。憂いが無くなった所で――」
毒指が俺の前に立つ。
そしてしゃがんで此方の顔を覗き込んで来た。
「エギールさん。貴方には姫宮さん達4人が、何故一気にレベル7に上がったのか教えて貰いませんとね。っと、その前に……その顔を拝見させて貰いましょうかね?ネット上では不細工なんじゃないのかと言う声もありますが、私は絶世の美女説を押しています。どうか期待を裏切らないでくださいよ」
毒指がフルフェイスに手を掛け様とする。
その手を俺は掴んで止めた。
「悪いな。そこはトップシークレットだ」
「なっ!何故動ける!?」
「残念だが、お前の毒は私には効かない」
俺は掴んだ毒指の右手を、そのまま力を込めて握りつぶす。
粉々に骨を粉砕するぐらい遠慮なく。
「ぐうぅぅ……」
毒指は呻き声を上げながらも、素早く空いた手で、支給品のポーションを手に取ろうとする。
大した根性だとは思うが、当然それを許してやるほど俺も甘くはない。
その手を素早く掴み、右手同様完全に握りつぶしてやった。
「ぐっ!うぅぅぅぅぅぅ……」
「観念するんだな」
「まさか……毒が効かないとは……」
潰された両手をだらりと垂らしながらも、奴は後ろに下がって間合いを開ける。
表情は苦痛に歪んでいるが、その目はまだ死んでいなかった。
どうやら逆転を諦めていない様だ。
「エギール。動くな……動けば、他の奴らを自害させる」
「さっきはグエンを止めて置いて、今度は自殺させるのか?忙しい事だ」
「冗談だと思ったら……大間違いだぞ」
別に冗談だとは思っていない。
追い込まれたら何でもやる。
それは生物として当然の行動だ。
だが――
「やってみろ?だが次の瞬間、お前は死ぬ事になるがな」
「俺を舐めるな!」
【じが――】
別に舐めてなどいない。
奴が言葉を発するよりも、俺が奴の首を刎ねる方が早い。
それだけの事である。
毒指の首から上は、言葉を言い終える事無く宙を舞う。
「さて……毒指は死んだが、動けるか」
「ゼンゼンダメ。ウゴケナイヨー」
どうやら毒指が死んでも、毒の効果は消えない様だ。
「今解毒用のポーションを飲ませる」
通常の解毒用のポーションでは、毒指の毒は回復させる事は出来ないだろう。
特殊な物の様だからな。
だがアクアスの力を借りれば問題ない。
……頼んだぞ。
≪お任せください≫
水の精霊の力を込めたポーションを全員に飲ませていく。
程なくして毒の効果が消え、皆思い思いに身を投げ出した。
動かない体を何とかしようと、ずっと足掻いていたのだろう。
全員疲労の色が濃かった。
「俺は……どうなる?」
鉄針が自分の処遇を聞いてくる。
その言葉に、自然と全員の視線が俺に集まった。
「お前も操られていたんだろ?なら、罰する理由がない」
「それは、そうだが……」
「まあだが要注意人物である事は確かだからな、動きは制限させて貰う」
背嚢からマジックアイテムのロープを取り出す。
能力者でも簡単に切れない、鉄なんかよりも遥かに頑丈な物だ。
まあ俺なら簡単にプチンと行けるが。
それで奴の右手と俺の左手を繋ぐ様に縛る。
たとえ両手を縛っても、針を生み出して飛ばすと言うこいつの能力は普通に使えてしまう。
だから俺とつなぐ事で、何かしても直ぐ止めれる様にしておいた。
「少しでも変な動きをしたら処刑する。いいな」
「分かった。肝に銘じよう」
まあ落としどころとしては、こんな物だろう。
本格的な判断は本隊と合流してから決めればいい。
「ん?」
グエンが真剣な表情で俺を見つめてくる。
決定に不服でもあったのだろうか?
「エギール・レーンサン」
何を思ったか、奴は突然その場に跪き。
そして――
「アナタノツヨサニメロメロデス。ドウカケッコンシテクダサイ」
急にプロポーズして来た。
「は?」
全く意味が分からず、頭の中が?マークでいっぱいになる。
ひょっとして、毒の後遺症だろうか?
いや、アクアスの力で回復させている以上、そんな物はない筈だが。
「えーっと……冗談か?」
「ワタシハホンキダヨー。ホンキデスキニナッタヨー」
どうやら冗談ではない様だ。
だがプロポーズなんかされても困るわ。
だって俺男だし。
グエンは真面目そうだから傷つくかもしれないが、断るしかないだろう。
「残念だが、私は誰かと結婚する気はない。諦めてくれ」
「ソウイワズ!ドウカコノワタシノ、ナナバンメノオヨメサンニナッテクダサイ!」
うん、全然真面目じゃなかった。
つか嫁さんが他に6人とか、どこのギャルゲーの主人公だよ!
俺はそう心の中で突っ込むのだった。
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