第33話 誓約
「お呼びでしょうか?マイロード」
水の精霊アクアスがその場に跪き、俺に向かって頭を垂れる。
「!?」
そんな精霊の行動に、俺は思わず驚いてしまう。
異世界時代――掌サイズだった彼女は、身振り手振りを交えて「ぴゃーぴゃー」言って意思表現するのが関の山だったからだ。
特に驚いたのは、彼女の発した言葉が日本語だった事である。
何故異世界の精霊が日本語を話せるのか、正直理解不能だった。
まあその辺りは後で本人に聞くとしよう。
言葉を話せる訳だからな。
「精霊って、言葉も喋れるのね」
「ああ。今から憑依を見せよう」
日本語を話せる、イコール、余計な事を話してしまうが成立する。
だから俺はアクアスの頭に触れ、彼女が余計な事を口にする前にさっさと憑依を行った。
「――っ!?」
この感覚は!?
体から溢れて来る力に俺は戸惑う。
精霊の力は弱く、異世界ではないよりましな補助程度にしか使っていなかった。
だが今感じる力の滾りは、それとはまるで別物だ。
≪この世界には生命力が満ちています。そのせいかと≫
アクアスが念話で語り掛けて来る。
どうやら、俺の考えを読む事も出来る様になった様だ。
まあ言葉を話せなかっただけで、以前からその能力があった可能性もあるが。
≪かの世界は滅びに向かっていた為、精霊の力が弱まっていたのです≫
なるほど、以前は弱っていて、今の状態が本来の力という訳か。
≪はい。それとこの世界の言語が話せるのは、私とマイロードに繋がりがある為です。ですので、マイロードが何を求め私を呼び出されたのかも把握しております≫
此方の意図を勝手に判断してくれるのは便利だ。
まあそうそう呼ぶ事はないだろうが。
「ふーん。姿形に変化はないのね」
「まあな。だが、精霊と憑依すればこんな事も出来るぞ」
掌から水を生み出し、衛宮玲奈そっくりな姿に形を整える。
「なんであたしなのよ!?」
「細かい事は気にするな。それよりも、これに触れて見ろ」
「急に爆発したりしないでしょうね……」
ぶつくさ言いつつも、衛宮玲奈は俺の出した水に触れる。
彼女は2度ほどつついてから、不思議そうに自分の指先を見た。
「何か、不思議な感じね。普通の水とは違うって言うか……」
生み出した水には精霊の魔力が籠っている。
恐らくそれを感じ取っての違和感だろう。
「私も……触ってみていい?」
「ああ、構わない」
玲奈に続き、姫宮も水に触れる。
「これ……魔物から感じる物に近い」
玲奈はふわっとした違和感を感じただけだったが、姫宮には明確に魔力が感じ取れた様である。
天才だけあって、その手の感覚にも鋭敏な様だ。
「精霊には魔物に近い力がある。それを憑依させて戦っていたから、台場のレベルは上がったのだろう」
「納得……」
「成程。水に感じた違和感はそう言う訳ね」
2人は納得した様子だ。
これで俺自身が魔物と疑われる事はないだろう。
ま、本当に魔物じゃないしな。
「そう言えば、姫宮達は私と戦いたがっていたな?」
台場が五月蠅くて話を中断したが、姫宮達が俺と戦いたがっていた事を思い出す。
それがどうにも気になった。
「姫が、あんたと戦えばレベルが上がるって言ってたからね」
「私の能力に気付いてた……という事か?」
「勘……貴方と戦ったら、なんとなくレベルが上がりそうと思ったから」
おいおい、何となくって……
「姫宮さんの勘は凄く良く当たるんです」
「そうよ!姫は勝負勘とかも凄いんだから!」
大金持ちのいいとこのお嬢さんであり、能力者。
加えて絶世の美女で、寡黙気味な天才剣士でもある。
この上更に、山師みたいな属性まで乗っかるのか……姫宮は随分てんこ盛りだな。
「私達が一緒に来たのは、あんたが万一魔物だった時の保険よ。ま、私は心配してなかったけどね。魔物がゲームオタクとか、ありえないもの」
「ふ、当然だな。奴らに人類の極致とも言うべき崇高な物など、決して理解できないだろう」
「全くだわ」
さて、余計な嫌疑も晴れた事だしこれで一件落着だな。
と思ったが――
「私と……勝負して欲しい」
「ん?魔物かどうか確認したかったんじゃないのか?それならもう、答えが出たはずだが?」
「元々私の目的は……Sランク前にレベルを上げる事。魔物かどうかは……最初から気にしてない」
どうやら姫宮自身は、俺が何者か最初から気にしていなかった様である。
彼女はただ純粋に、レベルを上げる為にやって来たみたいだな。
「あ、私達もお願いね」
「出来たらお願いします」
それに衛宮達も乗っかって来た。
厚かましい奴らである。
だが――
「いいだろう。相手になってやる」
俺はオーケーで返す。
勿論、それには理由がある。
「但し――私と戦えばEX経験値が入るという事は、口外禁止だ。それが飲めるのなら、今回だけは相手してやろう」
周囲に都合のいいレベルアップ道場認定されると、面倒臭い事になるのは目に見えている。
だからここで情報はシャットアウトさせて貰う。
台場に関しては、勝負の前に相手の言う事を聞くと言う約束をしていたからな。
最初は事務所の掃除をさせようと思っていたが、そっちに変更するとしよう。
それを飲まない様なら、イエスと素直な返事が返って来るまで、拳で語り合うまでだ。
「口外しない……」
「いいわよ」
「私も誰にも言いません」
姫宮と衛宮姉妹が同意する。
だが一人分足りない。
俺はその人物――性悪女へと視線をやる。
「何故私がそんな約束をしなければならないんですか?」
すると案の定な答えが返ってきた。
「そうか。だそうだから……衛宮、帰ったらそこの女のせいでレベルアップのチャンスが潰されたと、上に報告するんだな」
「あったりまえでしょ。グループの利益に繋がる事を潰すんだから、あんたの評価は地の底よ。覚悟しなさい」
「ぐ……」
評価が落ちる。
玲奈にそう言われて、性悪女は絶句する。
キャリアウーマンっぽいし、そう言うのはやはり応える様だ。
「分かりました……口外はしません」
早々に性悪女は白旗を上げる。
とは言え、他の3人はともかく彼女の口約束を信じるつもりは全くない。
「貴方には誓約書を書いて貰おう。信用に値しないからな」
「わかったわ」
紙を用意させ、性悪女に誓約書を書かせる。
手書きの適当な物なので法的効果があるかは怪しいが、問題ない。
さり気無く誓約書に、【契約履行】というスキルをかけておいたからな。
これは両者同意の契約を、簡単に破れなくするスキルだ。
契約を破ろうとすると、心理的ロックでブレーキがかかる様になっている。
そこまで強いスキルではないので、魔法で比較的簡単に無効化も出来るし、精神力でぶち抜いたりもできる程度の物でしかないが……
まあ性悪女にそれが出来るとも思えないので、大丈夫だろう。
「さて……じゃあ、相手するとしようか」
憂いも払えた事だし、姫宮達の相手をしてやるとしよう。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
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