第30話 交渉
「どういう状況だ?」
フルコンプリートの事務所に、急いで郷間と向かった訳だが……
そこでは山の様な筋肉質な男と、衛宮玲奈が睨みあっていた。
玲奈の横には妹の聖奈と姫宮、それに俺の嫌いなタイプの例の女もいる。
「おう!やっと来たかエギール!」
外国名なので、エギールはファーストネームだ。
筋肉達磨は初対面にも拘らず、此方を気安く下の名前で呼んでくる。
まあ俺本人の名前ではないから別にいいけど。
「誰だ?」
「はっ、聞いて驚け。狂犬・台場豪気とは俺の事だ」
「知らないな」
見た目は狂犬と言うより、どちらかと言うとグリズリーだ。
異世界でなら同じ様な体格の人間はいたが、現代日本でこんなゴツイ奴がいる事に驚きを隠せない。
見るからに身体能力強化っぽいが、流石に特殊能力の影響じゃないよな?
「物を知らねぇ女だぜ。まあいい。お前にはグリードコーポレーションに入って貰う。今度のSランクダンジョン攻略にもうちから参加だ」
こいつ……頭がおかしいんだろうか?
頭まで脳筋と言うのは、こういう事を言うのだろう。
取り敢えず――
「断る」
「何だと!」
返事に激高して俺を睨みつけるが、そんなもんではビビらん。
ウサギに恨まれてビビる人間がいないのと同じだ。
俺はデカブツを無視して、姫宮達に話しかけた。
「で?お前達はここに何の用だ」
「今度のSランクダンジョン攻略。姫宮グループが取り仕切る事になりましたので、エギール・レーン様に参加の打診をしに参りました」
「姫宮が仕切るだと!?」
性悪女――名前知らないし――の言葉に、台場の奴は今度はそっちを睨みつけた。
普通の女性なら悲鳴を上げそうなものだが、野獣の視線を彼女は軽く受け流す。
「まだ正式には公表されてはいませんが、そうなります」
「ぷぷぷ!アンタはあたし達の下で働く事になるのよ!」
「何だとこの豆チビ!ぶち殺すぞ!」
玲奈に挑発されて、台場の顔が鬼の形相になる。
心なしか髪も逆立っており、正に怒髪天だ。
そんな猛獣の前に、郷間が立ち――
「ここはうちの事務所だ。暴れたければ自分の所でやれ」
毅然とした態度で対応する。
郷間……男になったな。
と言いたい所だが、まあ何かあっても俺が絶対守るって確信があっての行動だろう。
サファリパークで、絶対安全なバスの中から猛獣を挑発する様な感じだ。
後、前に出る前に一瞬衛宮聖奈を見た事を俺は見逃さない。
最近彼女にお熱を上げてる様なので、カッコつけようとしてるのが見え見えだった。
「テメー。誰に口をきいてやがる……」
台場は今にも殴りかかってきそうだ。
だが意外にも、それを止めたのは性悪女だった。
「台場さん。ここにはレベル6が貴方以外に4人います。其方に勝ち目があるとは思えませんが?」
まあ流石に同レベル――俺は違うけど――4人相手だとボコボコになるのは目に見えているからな。
俺ならそんな状況で喧嘩するのは御免だ。
「そんな脅しが俺に通用すると――」
「それと……私達は協会の権限を得てこの場に居ます。それを邪魔する行為となれば、会社に対するそれなりのペナルティも覚悟してください」
「……ちっ!」
性悪の女の言葉に、台場が悔しそうに舌打ちする。
まあボコボコにされた上に、会社にも迷惑がかかるとなれば引くしかないだろう。
どうやら彼女は中々のやり手の様だ。
「で、報酬は?」
台場が大人しくなった所で俺は話を戻す。
俺が聞くべき点はただ一つ。
金だ。
……なんか最近、金の亡者みたくなってるな。
まあ夢の為だから仕方がない。
「姫宮グループでは、新規にゲーム会社を立ち上げる予定です。もし参加していただけるなら、そこの最高責任者の席をレーン様にご用意する事が可能です」
俺の問いに、性悪女がドヤ顔で答える。
どうやら俺が会社を立ち上げ、ゲームキングを目指している事を知っている様だ。
まあ、姫宮の会社で玲奈とマウント合戦してた訳だからな。
当たり前っちゃ当たり前か。
それに対して俺の答えは――
「ノーだ」
「なっ!?」
俺の返事に性悪女の薄ら笑いが固まる。
絶対イエスって返ってくると思ってたんだろう。
バーカ、バーカ。
まあ別にこいつが嫌いだから、ノーと言った訳じゃないが。
「だから言ったでしょ。それじゃ無理だって」
それを見て玲奈がドヤ顔する。
どうやら俺がその条件だと断る事に、事前に気付いていた様だ。
「私達の目指すのはゲームクイーン。それは誰かに用意された椅子では、到達できない領域よ!」
その通りだ。
いくらトップとは言え、所詮は系列会社の頭でしかない。
言ってみれば、コンビニの雇われ店長の様な物だ。
当然そんな身分では、自分の自由にゲームを作る事など出来ない。
王を目指す以上、姫宮グループの用意する椅子は俺にとって何の意味もない物なのだ。
「そうだな。それに……グループ傘下の社長になるって事は、姫宮グループの言いなりになるって事だろう?私は良い様に利用されてやるつもりはない」
報酬と言いつつ、その席に座れば自動的に俺の首に首輪が繋がる事になる。
小狡いやり方だ。
まあそもそも、エギール・レーンには戸籍がないから社長なんかにはなれないしな。
「私を誘いたいなら――」
『もっとシンプルに現金で』そう言おうとして、衛宮玲奈の手にしていた物を目にし、言葉を途切れさせる。
それは俺が喉から手の出るほど欲しかった、神器とも言える物だ。
そう――彼女の手には、『義妹を育てろ!エンジェルハニー♡完全版』の未開封新品が握られていた。
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