第19話 覚悟
「はっ……はぁ……はぁ……ひぃ……」
ベッドの上で、全身汗びっしょりの郷間が呻声を上げている。
何でこうなっているのかって?
限界突破の魔法――リミット・オーバーを使ったからだ。
生物としての限界を倍加させるこの魔法は体への負担が大きく、激痛を伴う物となっている。
そのため、さっきまで郷間はその痛みに雄叫びを上げてのたうち回っていた。
という訳だ。
因みに、周囲に聞かれたら警察に通報されるレベルの雄叫びなので、事前に室内を魔法の結界で覆い消音してある。
「結構……エグイですね……」
その様子を丸々見ていた凛音は、苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
完全に引き気味だ。
「まあ、人の限界を押し広げる魔法だからな。ぶっちゃけ、まだ一回目だから軽い方だよ」
彼女にこれを見せたのは、きついと言ったにも拘らず、自分もやると言って聞かなかったからだ。
だから郷間の藻掻き苦しむ姿を見せた。
諦めさせるために。
「見ての通り、女の子にはお勧めしない」
「まあそうですね。ぶっちゃけ、やりたくなくなってきました」
「それが正解だ」
生き死にがかかってるんならともかく、誰が好き好んで地獄の激痛を受けたがるものか。
「でも、やります」
「え!?」
凛音の言葉に、思わず我が耳を疑う。
聞き間違いか?
「私、悔しかったんです」
ベッドで気絶している郷間を見ながら、彼女は寂し気に呟く。
「会社が危なくなった時、私は何もできませんでした」
「それは、まあしょうがないんじゃないか?」
あの状況じゃ、普通どうしようもない。
ましてや会社を取り仕切ってる立場でもない凛音が、それを気に病む必要は無いだろう。
「お兄ちゃんもお父さんも……これは俺達の問題だから、私は気にするなって。どんなに借金が出来ても、お前だけは絶対大学卒業させてやるからって言って」
郷間や親父さんは、自分達のしくじりに凛音を巻き込みたくなかったのだろう。
「自分達じゃなくて、ずっと私の事だけ心配してて。でも、私には何もできなかったんです。それが悔しくって……家族なのに、心配されるだけの自分が不甲斐なかった」
6年ぶりに再会した凛音は、昔のままの明るい性格だった。
でもそれは表面上だけで、きっと無理して振る舞っていたんだろう。
自分の事を心配する郷間達を安心させるために。
「だから私、強くなりたいんです。もしまた何かあった時に、心配されるだけじゃなくって……今度は家族として頼って貰える様に」
「凛音……」
「勿論、何もない事に越した事はありませんけどね。それにダンジョンクリアを手伝える様になったからって、何にでも対応出来る訳じゃないですし。でも、出来る限りの事はしておきたいんです」
「分かったよ」
家族の為に覚悟を決めているのなら、もう口出しする気はない。
今の俺に出来るのは、彼女の希望通りにしてやる事だけだ。
……しかし、凛音がこんなに家族思いの健気な子だったなんて。
正直、ちょっと驚きだった。
見た目も悪くしない、これでゲームキャラなら迷わず俺の妹にしたかったぐらいだ。
生身なのが実に惜しまれる。
いや、そうだ。
折角だからゲーム会社を立ち上げたら、彼女を参考にしたキャラを作ろう。
名前はそのままだと不味いから少しもじって……
見た目も、そうだな……
「えっと……なんか考え込んでますけど?どうかしたんですか、蓮人さん?」
「ああ、いや。人生について、少しばかり哲学的な事を考えていたんだ。気にしないでくれ」
素晴らしい名案に、ついつい考え込んでしまっていた様だ。
まあ顔から考えを読むなんて真似は出来ないだろうから、少々不埒な事を考えていた事は、バレてはいないだろう。
「じゃあ始めるか。場所はこの部屋でいいのか?」
「あ、出来たら私の部屋でお願いします」
今いるのは郷間の部屋だ。
女性の部屋に入るのはあれかなと思ったので一応聞いたが、やはり自分の部屋がいい様だった。
ま、よくよく考えたらベッドは郷間が占拠しているからな。
当たり前っちゃ当たり前の反応なのかもしれない。
「こっちです」
俺は凛音に案内され、彼女の部屋に入った。
室内には可愛らしい小物類がそこかしこに置いてあり、仄かに良い匂いが漂って来る。
まさにザ・女の子って感じの部屋だ。
「じゃ、ベッドに寝転んでくれ。きついけど頑張ってくれよ」
「はい」
凛音が覚悟の決まった瞳で力強く頷く。
俺はまず消音の結界を展開し、そして彼女に限界突破の魔法をかけた。
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