第115話 アビス
「BLは良いわよ。人生と言っても過言ではないわ。貴方達もどう?」
神娘々が、バッグから一冊の薄い本を取り出す。
彼女がイベントで手に入れたBL本を。
因みに、ニャンニャンはかなりの数を買い漁っているので、その大半は日本の新居へと郵送を手配済みである。
一緒に送らずバッグに入れていたのは、それが最高級品でいつでも読める様にしていためだ。
「これはこのイベントの一押しよ。読んでみて」
「あー、何て言うか……お気持ちだけ頂いておきます」
神木沙也加が、やんわりと断りを入れる。
しかしその目は、家に出た黒いあの虫を見た時の様な、汚いものを見る眼差しだった。
そして目ざといニャンニャンはそれに気づいてしまう。
「趣味の悪い物押し付けるなって目ね」
「気のせいですよ」
自分から頼んでもいないのに押し付けた癖に、いちいち文句をつけないで欲しい。
そう口にしたかったが、神木沙也加はぐっと堪えて長す。
まさに大人の対応である。
彼女の心は魔法少女菌に侵されてはいるが、その辺りはさすが元姫宮グループで働いていただけあると言えるだろう。
「ふーん。分かったわ。所で……高潔な貴方はいったいこんな場所で何を購入されたのかしらね?」
それに対してニャンニャンは大人げなかった。
頭にきた彼女は神木沙也加に絡みだす。
だが、決して彼女を責めることは出来ないだろう。
余計なおせっかいであったことは間違いなかったが、自らが崇拝するBLを眼差しだけでとはいえ、否定されてしまったのだから。
好きな物を馬鹿にされると、オタクはブチ切れる。
それが世の真理だ。
「別に、大した物ではないわ」
相手のあからさまの挑発に対して、それでも神木沙也加は落ち着いて対処する。
流石元キャリアウーマンといった所だ。
「ふーん。人には見せられない様な、しかも大した物じゃないのね」
「あー、ニャンニャン。あんまり失礼なのは……」
「は?BLでもあるまいし、隠す必要のある物ではないわ」
おかしな感じになって来たので台場蘭がニャンニャンにブレーキをかけようとしたが、少し遅かった様だ。
ニャンニャンは見事に神木沙也加の地雷を踏みぬいた。
オタクは自分の愛する物への侮辱を決して許さない。
「ふーん。じゃあ言えるわよね?あなたのお、た、か、ら」
「ふ、いいわよ。見せてあげる……私のフェイバリット達を!」
挑まれて引いたのでは魔法少女の名折れ!
と言わんばかりに、神木沙也加がカバンから一冊の魔法少女本を取り出しテーブルの上へとおく。
「魔法……少女?それも、全年齢盤……」
ニャンニャンが可愛らしくキラキラした絵柄の少女が描かれた、全年齢盤魔法少女本を見た後、神木沙也加のドヤ顔を見た。
そして再び視線を本へと向ける。
「子供向けっぽいのは流石にどうかと思うけど?あなた、私より年上に見えるけど?」
こんなイベントで女児向けと思えてしまう作品がある事にも驚きだったが、ニャンニャンはそこには触れない。
話の流れの根本とは関係なかったからだ。
「ふ、分かってないわね……魔法少女を愛する心に年齢なんて関係ないのよ!そもそも魔法少女は全女性の夢!貴方のそれはただの偏見に過ぎなわ!」
神木沙也加が『クワッ』と勢いよく目を剥き、その人差し指をニャンニャンへと向ける。
「嘘だと思うのならこの本を見て見なさい……この中に魔法少女の全てが凝縮されていると言っても過言じゃない。これを読めば、嫌でも貴方にも魔法少女の素晴らしさが伝わる筈よ」
「読んでも変わらないわよ」
普通に考えて、その薄い本一枚で価値観など変わる訳もない。
だが、神木沙也加は自信満々だった。
腐女子の腐った心を、魔法少女なら浄化できると信じていたから。
「ふ、逃げるの?触れるもしない者に、魔法少女を否定する資格なんてないわよ」
「即座に私のBL本を拒否した貴方がそれを言うわけ?」
「良いわ。だったら、私もあなたのお宝本に目を通すわ。それなら文句はないでしょ」
「ふん、お互い条件はイーブンって訳ね。いいわ。その勝負うけてあげる!」
シェン・ニャンニャンと神木沙也加。
二人の鋭い視線がぶつかり合い、火花を散らす。
大声のせいで周囲から向けられる奇異の瞳など、気にも留めずに。
「蘭、魔法少女なんて幻想をぶち壊すわよ」
「いや、別にそんな必要はないと思うんでだけど……」
ニャンニャンに無理やり巻き込まれる台場蘭。
「凛音さん、見ましょう」
「え?私もですか?」
それを見て、沙也加は凛音を巻き込んだ。
「BL組対、魔法少女組の勝負なんだから当然でしょ」
いつからそんな話になったのか?
そもそも、自分は別に魔法少女が特段好きな訳でもない。
そう思いつつも、付き合いの良い彼女は「しょうがないか」と神木沙也加に付き合う。
「分かりました」
「じゃあ、開くわよ……」
神木沙也加が、受け取ったBL本をめくる。
それが暗黒魔界への扉とも知らずに。
今はまだ世界は知らない。
この邂逅が後に『腐女四天王』の誕生の契機になる事を。
まあ知る必要もない訳だが……
ああ因みに、魔法少女本はBL組には響かなかったとだけ言っておく。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
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