第106話 祖父③
「爺ちゃんが異世界帰りの勇者……」
「若い頃少し……な」
ありえない。
そんな話は一度だって……
いや、俺だって家族には話していないのだ。
郷間に鑑定で暴かれなかったら、たぶん一生誰にも話す事はなかっただろう。
だから爺ちゃんがその事を周囲に話していなくてもおかしくはない。
……特に昔はダンジョンなんてなかったから、周囲に話しても頭がおかしいと思われるのが目に見えてるしな。
異世界帰りの能力があるなら、それを見せれば周りは信じる?
そうだな。
超常的な力を見せつければ、周囲は信じるだろう。
そしてその結果、待っているのは迫害やモルモット的実験動物扱いだ。
異世界由来の未知の力を見せつけておいて、周囲が放っておいてくれるはずもない。
そして人間は弱く欲深いので、その後の人生がどうなるかなんて考えるまでもない事である。
だから余計な事は話さないのが正解なのだ。
たとえ家族であっても。
いや……家族だからこそ、だな。
家族に異物扱いされるのは、相当きついだろうから。
「黙っていて悪かったのう」
「いや、黙ってるのは当たり前の事だよ。周りに言ったって、面倒な事になるのは目に見えてるんだから」
俺はベンチに座る。
「1年前、お前が異世界帰りだってのは一目でわかった」
「鑑定系の能力?」
「いや、経験者としての勘じゃ」
「経験者としての勘、か。ひょっとして爺ちゃんも、異世界で辛い思いをしたの?」
和人爺ちゃんは1年前、俺の事をそっとしておくよう両親に言ってくれていた。
それが経験からくるものなら納得だ。
きっと爺ちゃんも、俺と同じ様に辛い思いをしたに違いない。
「ああ……まあ最悪の記憶だ。なにせ、わしは世界を救えなかったからのう」
「世界を救えなかった……」
「わしの行った世界は滅ぼされてしまったんじゃ。邪悪な7柱の神によってな。わしは……わしは自分が生き延びるため、たった一人であそこから逃げ出した。情けない話だ」
爺ちゃんが沈痛な面持ちになる。
「それは……しょうがないよ。爺ちゃんは召喚された身で、その世界の人間じゃなかったんだし。異世界の為に命を賭ける理由なんてないんだから。爺ちゃんには何の責任もないよ」
詳しい状況は分からない。
けど、生まれ故郷でもない異世界の為に、地球人が命を賭ける謂れはないのは確かだ。
なら、生きる為に逃げ出して何が悪いと言うのか?
俺だって、異世界の為に自分の全てをかけるつもり何て更々なかったからな。
もし世界の滅びが確定した状況下になっていたら、俺も爺ちゃんと同じ様に逃げ出す事を選択していたはずだ。
もちろん、最後の最後まで粘りはしただろうけど……
「そうじゃな……わしにそんな義務はなかった。じゃがな、守りたい人達ならいた……わしはそんな人達を見捨てて逃げて来たんじゃよ」
守りたい人達……
その言葉が俺の胸に刺さる。
俺にもいたのだ。
そんな人達が。
「爺ちゃん……」
「蓮人の方はどうだったんじゃ?」
「俺……俺はまあ、一応……世界は救ったよ」
「一応……か。だが、世界を救えただけ凄いじゃないか。自らに求められた役割は果たしたんじゃろう?」
「そうだね。けど……俺にも大事な仲間達がいたんだ。そして誰も守れなかった」
俺に求められた役割だけで言うなら、確かにそれは果たせたと言えるだろう。
けど、それは何の慰めにもならない。
あの異世界を救った事が無意味だとまでは思わないが、本当に守りたかった人達を守れなかった以上、それを喜ぶ気も、誇る気にも到底なれなかった。
それに、結局魔王は……
そう、魔王は生きていた。
しかも、今度はこの地球に姿を現している。
まだ終わっていないのだ。
俺と魔王との戦いは。




