第101話 幼馴染攻略
私はあいつの名前を聞かなかったし、私達も自己紹介はしなかった。
なんでかと理由を聞かれると困るけど……まあなんとなく、ね。
そういう雰囲気だったから。
で、あいつは私達に勝手にあだ名をづけた。
私の事をきつね。
そして妹の方をタヌキって。
ほんと、最低のネーミングセンスよね。
「ほらよ」
「何よこれ?」
「ここにいても暇だろうと思って持って来てやったんだよ」
ぶっきらぼうに渡された物。
それは携帯ゲーム機だった。
「ふん、少しは気が利くじゃない」
「わー、ありがとう」
手渡されたそれの電源を入れると――
「可愛いあの子は幼馴染?何よこのゲーム?まさかエッチなのじゃないでしょうね?」
タイトルロゴの後、画面には可愛らしい女の子達が次々現れては消えるオープニングが流れていく。
この当時の私は知らなかったが、いわゆるギャルゲーである。
「んな訳ないだろ。幼馴染の女の子と仲良くなるゲームだよ」
「あんた……よくそんな物、私達の暇つぶし用に持ってこれたわね」
「しょうがないだろ。俺は本格的なゲームは据え置き機でやるから、携帯機のソフトはそれしかないんだよ。いらねーんなら返せ」
女性にギャルゲーを持ってくるのは、流石に正気を疑うレベルである。
普通に考えてありえない事だけど、まあ今なら理解できなくもない。
子供として、足りないながらにも、出来る範囲でやろうとした結果だと。
少年が私の手からゲームを取り戻そうとするが――
「あたし、やってみたい!」
「まあ、やりたいってんならいいけど……」
聖奈がやりたいと言った事で、その手は止まる。
このとき私は少し呆れていたのだが、今思えば、それは値千金の行動だった。
もしこの時、彼に携帯ゲームを突き返していたら、きっと私はその素晴らしさを知らずに生きる事になっていただろう。
流石私の妹。
さすいもである。
「……」
「ふふふ、おねぇちゃん楽しそうだね」
「ま、まあね」
私は速攻で嵌った。
ギャルゲーの沼に。
野宿を続けていた私は、小汚くボロボロで、普通なら顔を顰める様な惨めな状態だった。
なのにゲーム内の女の子達は、そんな私の事を大好きと臆面もなく言ってくれる。
それが嬉しくて、ついつい寝る間も惜しんで私はゲームをプレイした。
「ちょっと!バッテリーなんとかしなさいよ!」
が、ここで大きな問題が発生する。
それはバッテリーが全然持たないのだ。
「なんだよ!結局ハマってんじゃねぇか!」
「うっさい!何とかしなさい!」
我ながら失礼で我儘なガキだったなと、振り返ってみて思う。
ただあの頃は私も子供だったし、まあ多少はしょうがないわよね。
「しゃあねぇなぁ。家からモバイルバッテリー持って来てやるよ」
そしてあいつは、私に文句を言うでもなく充電用のバッテリーも用意してくれた。
口は正直悪かったけど、何だかんだ優しい奴だったんだと思う。
まあそもそも優しくなかったら、毎日の様にご飯を持って来てくれたり、暇つぶし用のゲームを貸してくれる訳もないわよね。
「おねぇちゃん……」
そんな日が何日か続いた頃、聖奈が熱を出した。
無茶な生活をしてきた疲労と、その日は土砂降りの雨で気温が一気に下がったせいだと思う。
「待ってて!私が助けを呼んでくる」
あいつが来るのは夕方以降。
まだまだ先。
でも聖奈は凄く辛そうで、このままじゃ死んでしまうんじゃないかと、私はいてもたってもいられなくて隠れ家から飛び出す。
もう、離れ離れになっても構わない。
聖奈さえ生きていてくれさえすれば、それでいい。
そう思うって。
「お願い止まって!」
私は道路を走る、一台の車の前に飛び出した。
非常識だったし、最悪、私が轢かれていた可能性もあったわ。
でもそんな事、考える余裕もなかった。
一秒でも早くなんとかしないと、妹が死んでしまうかもしれないと思っていたから。
だからそんな真似をしたの。
「どうかしたの?」
私が体を張って止めた車は、大きなリムジンだった。
そしてその後部座席に乗っていたのは――
姫宮グループのお嬢様、姫宮玲だった。
「妹が……妹が死んじゃう!助けて!!」
「わかった。どこ?」
「お、お嬢様!?危険です!どこの誰ともわからない、こんな汚い子供の言う事を――」
「大丈夫。この子は嘘を言っていない」
土砂降りの雨の中。
急に見知らぬ人間に妹を助けてと言われて、普通なら戸惑う所だろう。
だけど彼女は迷う事無く、笑顔で私に手を差し伸べてくれた。
……あの時の事は、今でもはっきりと鮮明に覚えてる。
あの時。
あの瞬間から、姫は私のヒロイン。
ううん、神になったの。
その後、私達は姫宮財閥に保護され。
そして姫宮家の親戚であった衛宮家に、二人そろって養女として引き取ってもらい。
聖奈と離れ離れになる事無く私達は過ごす事が出来るようになった。
ああ、因みに聖奈は劣悪な環境が続いたせいで熱が出てただけ見たい。
だから点滴を打ってもらって布団で寝たら、翌日にはケロッと治ったわ。
「ついたみたいね」
昔の事を思い出していたら、ジェットが目的地へとたどり着く。
姫宮家所有の、エアポートへと。
「結局、礼も言えずじまいなのよねぇ」
――それ以降、あの少年とは会っていない。
ちゃんと私達の事、伝えたかったんだけどね。
でもあの後、結構バタバタしてて。
しかも引き取られた身だから、衛宮家の人に探して欲しいっていう訳にも行かなかったし、私達は子供だから遠くに行く訳にもいかない状態で――衛宮家はあの場所から結構遠くにあった。
そのため、あの少年に会いに行くことが出来なかったのだ。
一応、ある程度自由になれる様になってから探しはしたんだけど――中学卒業後ぐらい――見つからずじまい。
そりゃ相手の名前も分からないんだから、見つかる訳もないわよね。
「ああ、そういえば……あの時借りたゲームもまだ返して無いのよね」
別に、聖奈の様に王子様だなんて思ってはいない。
でも世話になった以上、できればお礼ぐらいは言いたかった。
まあでも無理ね。
あれからもう10年以上たってるし。
一応、あたしと聖奈はアイドルとしてテレビに顔を出している。
なのであの時のあいつがそれを見て、と言う可能性も……まあない。
何故なら、あの時の私達は酷かったからだ。
風呂にもまともに入ってなくて、ボロボロで薄汚い状態だった訳だし。
今の、本来の美少女である私達を見ても、きっとあいつは気づいたりしないでしょうね。
「聖奈。ついたわよ」
「ん……姉さん。夢を見たの」
妹を起こすと、眠気眼で夢を見たと言ってくる。
「あの人の夢」
「さっき話してたからでしょうね」
「うふふ。そうかもね。それでね……夢の中で約束したの。今度会おうって」
「はいはい。夢がかなうと良いわね」
「もう……姉さんったら、浪漫が無いんだから」
「ロマンはゲームだけの特権よ。現実なんてクソゲー。それより、さっさと下りるわよ」
「はーい」
純粋に、自分の思いを口にできる妹が羨ましいと思わなくもない。
けど、そういった奇跡を信じるには、私は年を取り過ぎた。
奇跡を否定するつもりはないけど、既に私は姫と出会うという奇跡を起こしてしまっている。
だから、そう何度も起こる筈もないのだ。
「家に帰ったら、久しぶりにあのゲームをやろうかしら」
昔の事を思い出したら、なんだか無性にあのゲームがやりたくなってきた。
そう、私のギャルゲー人生の原点ともいえるゲーム。
『可愛いあの子は幼馴染』を。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
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