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彼の喉元にナイフを突き刺すまであと50秒 の走馬灯



 あと50秒。


 切っ掛けは、彼からの熱烈なアプローチだった。


 私がトイレに行こうと茶会を抜け出した時に、彼は『一目惚れした』と私の腕を掴んだ。彼がその辺の普通の方ならば振り払って用を足しただろう。しかし、彼は普通ではなく第二王子。頭脳明晰で眉目秀麗な王子様からそんな台詞を言われては、私の尿意も凍り付く。いや、本当はちょっと溶けていた。


 それから彼とは秘密裏に会うようになった。元々隣国にお姫様の婚約者がいるのにどうなの、とは思ったが、聞けば政略結婚でお会いした事もない仲だそうだ。とはいえ私の身分はただの伯爵娘。不釣り合いなのは私の方である。



「向こうにも愛人がいる、形だけの夫婦。本当に愛しているのは君だけだ」


 彼は決まってそう言って、私のハートに杭を打ち付ける。騙されるもんかと思いつつも、恋愛馬鹿の私は騙されるたびに鼻息を荒くして興奮していた。何せ彼は本物の王子様。おとぎ話に憧れていた私が惚れるのも時間の問題だった。



 そんな私も変わってしまった。

 彼にこのナイフを刺すまで、あと40秒。



 このナイフは銀製で柄も特注品だ。それなのに無駄なギミックが付いているとかで、土産物屋でたたき売りされていた。握りやすいように持ち手も工夫されていて林檎も向きやすく、殺人にも向いている。至極、どうでもいい。


 私の知っていた彼は真面目で善き為政者だ。社交的だが恋愛下手、誰にでも優しくて求心力もあり国民からの人気も高い。しかし、目は死んでいて背中も寂しい。働きすぎで白目を剥いて泡を吐くんじゃないかとしょっちゅう心配した。



 なお、余計な心配だったようだ。

 あと30秒だ。



「か、彼女は俺の知人でね。ほら、新しい家政婦として雇ったのだ!!」

「……敵対国の公爵令嬢をですか?」

「そうそう!」


 何がそうそうだ。

 そんな馬鹿な話あるか。


 とはいえ、私も馬鹿の一員だ。なぁんだ家政婦かぁという安心感が事実を上塗りし、私の口を噤ませた。敵対国を手中に入れる作戦かもしれない、私の王子様はやっぱりすごい、なんて都合の良い解釈もあったんだろう。


 あの時の公爵令嬢の笑顔が腹立たしい。今思えば、あれはお楽しみの後だった。ベッドのシーツを十字架に打ち付けたい。



 しかし、第二王子の躍進はそこからだった。婚約者との結婚を皮切りに、第一王子の派閥をどんどん取り込んでいった。王位継承権が変わるのではと嘯かれたのも当然だった。


 私は鼻が高かった。彼の自慢話を、まるで自分の事のように捉えていたのだ。当時の私の鼻をへし折ってやりたい。



 そして、ついにその時がやって来る。

 あと20秒だ。手汗をかいてきた。



 私は代謝が良い。食べても運動すれば痩せた。奥方からは羨ましいと言われるが、本当はドレスを着た時に脇汗をかいて辛かった。羨ましいならこの脇汗を見ろよと見せつけて嗅がせたい。至極、どうでもいい。


 彼はそんな私でも愛していると言い続けてくれたが……それは嘘だった。


 ある日、国王陛下が貴族を集めてこう言った。



「この中に裏切り者がおる」


 まるで殺人事件ね、怖いわね一体何が始まるのよ、なんて内心ワクワクしていた私をドブに放り投げたい。


 私はハイテンションで国王の話に耳を傾けていた。すると、聞きたような話ばかりではないか。やれ敵対国に情報を垂れ流したり、やれ隣国の資源採掘権を市場に売っぱらって日銭を稼いだり、やれ犯罪者を雇って貴族を襲わせたり……。



「犯人の名はロメル伯爵家 シルク・ロメル」

「――は?」

「シルク・ロメル、この泥棒猫が!!」


 申し遅れたが、私の名前はシルク・ロメル。シルクのように真っ白な肌に云々かんぬんという由来らしいが、この時の私の肌は真っ青だっただろう。言ってみたかった泥棒猫という台詞を言われた事に対してではない。



 私はすぐに兵士に取り囲まれ、腕を後ろに回された。腕を抜こうと抵抗しながら「私じゃありません!!」と足掻いてみたが当然無駄だ。この台詞も言ってみたかっただけだ。


 連れていかれる間際、視線で第二クソ王子を探した。彼を見つけた時には、彼は斜め上の真っ白な壁を見つめていた。その壁に何があるのか問いただしたい。



 おっとあと10秒だ。


 シルク・ロメル。この名前は愚王殺しとして歴史に名が刻まれるだろう。その白い壁にでも刻んでおくがいい。



 彼はその後も世界を騙し続けて、無事に国王の座に就く事が決定した。今日の昼に戴冠式があり、晴れて第二王子の服を脱ぎ捨てる。


 国民は喜ぶし隣国も喜ぶし、何なら敵国も喜ぶ。悲しむのは第一王子と私だけだろう。なお第一王子は獄中にいて、私の脱獄の手助けをしてくれた。ああ見えて中々のワルだ。地獄で飲み交わして馬鹿話をしたいと思う。



 私は今、メイドに扮している。もうすぐで私の目の前を彼が通過する。それが、私と彼の最後だ。


 恥ずかしながら、私は人を刺した経験がない。「首の方を刺してクイっとやればいいんじゃない?」と第一王子は言っていたが、失礼ながら、彼も私と同類で結構なアホだ。刺してクイっとってこんな感じかなぁ……という余裕があるとも思えない。



 まずい、いよいよ彼が来た。

 5秒前。



 そういえば、死に台詞を考えて無かった。記事になるからには、格好良いトドメの台詞を叫ばなければならない。


 いや、逆に格好悪いのでもいいかもしれない。「お前の〇〇〇小っさいんだよ!!」と言い放ったら、彼は赤っ恥と共に墓に眠るだろう。そうなると、私も赤っ恥だ。やっぱりそんな台詞で最後を迎えたくはない。



 何か言いたい台詞があったはず。


 3秒前。


 私の人生も大した事なかったな。


 2秒前。


 さようなら、私。



「――この泥棒猫がぁああああああああああ!!!!!!」



◇ ◇



 ロメル伯爵家長女シルク・ロメル。

 彼女の残した功績は、計り知れない。



 彼女は国家転覆を目論んだ第二王子の闇を暴き、なんと自らの手で鉄槌を下したのだ。その後に、第一王子と協力して国を復興させた。酒にまみれた自堕落な政治だったが「腹を割って話そう」と敵対国の王と飲んで和解したのは伝説となっている。なお、酒乱で脱衣癖のある点には目を瞑る。


 特に、第二王子へ神罰を与えた瞬間は華々しく、今も演劇として語り継がれている。彼女が構えたナイフは手汗で宙を舞うも、勢い余って頭から第二王子に突っ込み、第二王子はそのまま壁にぶつかって気を失った。気が動転していたシルク・ロメルは、人工呼吸と称してキスをし続けていたという。



 第二王子のぶつかった壁には記念として額縁が飾られ、迎賓館の真っ白な壁にはシルク・ロメル直筆で彼女のサインが書かれている。


 どちらも我が国の赤っ恥として、後世に語り継がれていくだろう。



スタイリッシュ暗殺失敗。

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[一言] 朝の8時から朝の8時までパン工場に勤務しておる傍ら、休憩時間にアム~ウェイの勧誘を欠かさず行っております! 月に一度の休日は、創価学会員と激しく殴り合っております!
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