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~cafe du monde~

【cafe du monde】ツー・バイ・フォー

作者: 雛菊しぐれ
掲載日:2021/12/02

「馬鹿野郎!何度言えばわかるんじゃスットコドッコイ!」

「サーセーン!!はーいサーセーン!!」

 怒号飛び交うここは、新築モデルハウス街計画の建設現場。もんもんとたちこめる木材とアスファルトの蒸した臭いが男臭さを醸し出す。男たちは半裸に近い格好で炎天下の中、絞られた身体を焼き焦がしている。

「……ツン子、うちこんなんスケッチせなあかんの……?」

「こんなのってなによ。確かにユンボとか大型クレーンとか無いけど、充分迫力あるじゃない」

「物足りないとかじゃないねん……あのな……」

 向かいの公園でスケッチブックとメモ帳、カメラを持った女子大生が二人。真っ白で首回りが広く空いたレースつきの服と脛まで折った紺のスキニーパンツ、薄いピンクの肩掛けバッグを背中よりに下げた短髪ブラウンの関西弁娘の関西子(せきにしこ)が、腕をだらんと下げてスケッチブックを持っている。対照的に黒がベースのモノトーンの縦縞ワイシャツに、小さなリュックサックと一眼レフカメラを大事そうに持つ黒髪のポニーテール娘の古手都子(ふるでみやこ)は、嬉々として目を光らせる。

 ゴールデンウィーク中に西子が無断で都子の小説を持ち出したことがバレてしまい、お詫びとしてアマチュアラノベ作家の集うサイトに載せる小説の挿し絵を引き受けることになった西子は、都子につれられて作品の資料集めに協力するため、建設現場に同行したのである。

「ライトノベルは初めて書くけど、普通の小説と違って挿し絵とのシンクロが読者の想像力に色をつけてくれるはずなの。だから西子は、私と共通の認識を持たなきゃ駄目なのよ。ほら、これ」

 手に持ったカメラのデータを確認し、西子に見せる。

「ニッカボッカの股が破けてるわ」

「あ!ほんまやん!すごぉ……」

 西子は頬を押さえてニヤニヤする。が、それはただ面白いものを見たという反応であり、この年頃の若娘に恥じらいというものは無い。そもそも法的に考えても決して許されていい行動では無いのだが、それもこの悪女達には関係無いらしい。

 撮った写真を観ながら盛り上がっていると、見覚えのある車が前を通りすぎた。手入れの行き届いた真っ黒なベンツである。真夏の日差しが反射し、二人はむっと眼を閉じた。面喰らってあたふたしているところに、十メートル程先に止まった車の窓から苛立たしさを込めた声が届く。

「ちょっと貴女達、一体何やってるんですの!?」

 車のドアが開き、長く細い色白の足をチラ見せさせて銀のショートパーマを左手で払いながら、赤いドレス風のワンピースの女性が降りてくる。大きめの眼鏡のフレームは口紅と同じ赤紫。美人に該当する筈なのだが、少し痩せすぎな顔に、目の下は病的な隈が出来ている。

「へ、編集長!?なんでここにいるわけ!?」

「それはこちらの台詞ですわ都子さん……?貴女、誰に許可を得て撮影なんてしてますの!?」

「はわわ……ツン子あかん……。編集長、徹夜明けモードや……!」

 おっぴろげた画材を蓋もせずバッグに突っ込み始める西子。編集長たるこの女性は、同級生の西園寺長月。(さいおんじなつき)オタクの憩いの場になっていた漫画研究サークルを涙と呻き声ひしめく締切地獄に塗り替えた"キラー○ィーン"の異名を持つ。日本人の祖母とイタリア人の祖父がいるクォーターであり、中学卒業までイタリアとアメリカを行き来していた帰国子女である。両親は日本人。ちなみにサークルメンバーは皆マゾの気があり、忠誠を誓っている。

「あら、西子さんごきげんよう。我が家をスケッチしておりますの?私にも拝見させてもらえますこと?」

「我が家……?」

「え、これあんたの家建ててるの……?」

 口を開けたままワナワナとする二人。まさか、という表情で顔を見合わせて徐々に青くなっていく。

「し、知らないで人の家撮ってたんですの貴女達……」

 呆れ返っていると、不動産屋の車が到着し、現場監督をつれてこちらに向かってきた。手には詳しいパンフレットと見学者用のヘルメットを持っている。ベンツからピシッとしたスーツの老紳士が降りてきて、軽く話してから編集長を呼ぶ。

「お嬢様、見学の準備が整いましたそうですよ。参りましょう」

「西子さんには催促したいことが沢山あるのですけど、あいにく今日は予定がつまってますの。それでは、ごきげんよう」

 ギラリと釘を射すように睨むと、蛇に睨まれたカエルのごとく縮こまって硬直する西子。毎度の事だが、西子は月末に近づくほど弱々しくなっていき、友人にお金を借りる悪い癖がある。ただし編集長の場合は返済はお金ではなく、無慈悲なアシスタント活動を強いられるのだ。編集長が隈を作っているということは、近いうちにあの阿鼻叫喚の地獄へしばらく拉致監禁までの秒読みを表しているのだ。一度部屋から逃げようとしたら部室前で黒服の外国人に囲まれて、気がついたら原稿の前にいたことがあるらしい。

「編集長、お願いがあるんだけど……あたし達も見学しちゃ駄目?」

「えぇ……?そんなの、駄目に決まって……」

 都子のお願いを断る寸前で思い止まる編集長。まてよ、とばかりに後ろを向いた後、笑顔で振り返った。

「もちろん良いですわ!ちょっと早いけど、我が家にご招待します。ただし、現場の方に迷惑はかけないように。許可なく撮影も控えていただきますからね」

「ホントに!?ありがとう!それにしても大学生で家買うなんて、相変わらず金持ちよね……」

 そんなことありませんわ、などと軽口を言い合いながら、二人は楽しそうに現場に向かう。現場の人たちも休憩するために降りてきて、明るく出迎えてくれた。都子が振り向き、手を降りながら西子を呼んだ。

「西子!何してるのー?早く来なよー!!」

 その、一点の曇りもない幸せ溢れる笑顔に、西子は心を痛める。なぜならあの時見てしまったのだ。後ろを振り向いた編集長の……


──百年の恋も醒める程口角を吊り上げた、獲物を狩るときの顔を……




***




「あの子たち、俺のこと撮ってたぜ!」

 休憩所で缶コーヒーを飲みながら汗を拭く金髪の男性が、ウキウキと話し出す。

「馬鹿、お前なんか誰が撮るかよ。たぶんあれは俺だ」

 ひときわガタイのいい熊髭の男が笑いながら主張した。ガサツで少し言葉の悪い男性達が、(一応)若くて美人な女性三人に挨拶をされてから話題は持ちきりである。

 現場作業員は出会いが少ないため、女性への免疫が下がっていくものなのだ。普段の休憩も、日陰でラジオ流しながら寝ているばかりだが、こうして女っ気が少しでも加わることで知能が15歳くらいに戻る。加えて露出度の高い娘っ子を見るだけで、下ネタが嵐のように飛び交う。

「冗談冗談。普通に考えて家の写真撮ってただけだろ。不潔な男共に春なんかこねーよ」

「妄想くらい自由にさせろって。夢がねぇなぁお前」

 腐ってもプロである彼らは、現実に戻るスピードもプロである。話はすぐに設計、納期の問題に戻っていく。

 突然、監督が遠くから召集をかけた。

「おーい、なんかみんなの写真撮らせて欲しいってよ!」

 何事かと顔を上げるとそこには、ポニーテールの女性が照れながらカメラを掲げて待っていた。

「おいおいマジで?モテてんじゃねーの俺ら!」

「な、何だよ、面と向かっては照れるな……」

「軽口言ってたじゃないっすかさっき!撮らせてあげましょーぜ!へへ……」




***




 それぞれがかっこつけたポーズで撮らせてもらった集合写真を、行きつけの喫茶店で観ながら盛り上がる女子大生三人組。結局彼らは、全く気づかなかったのだ。

「ほら、これ!」

「は、はしたないですわ!でも、頑張ってる証拠ですわね……」

「この金髪の兄ちゃん、ハート柄はいとる!」

 その日の現場仕事は、雨続きで遅れていたにもかかわらず予定を上回るほど作業が進んだという。

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