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雑文集  作者: 白内 十色
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扉の話

あるところに扉がありました。縦二メートル横一メートルほどのありふれた見た目をした扉です。簡素に彫り込んで飾り模様が施されています。扉の右側の中心にはドアノブが付いていますが、これは回りません。ドアノブには鍵穴が開いていますが刺さる鍵は見つからず、押しても引いても開かない、そんな扉でした。


扉は、人間が「とびら」という概念を発明するずっと前からそこにありました。最初に扉を見つけたのは植物を採取して生きていた人間のグループでした。扉の周囲には偶然にも美味しい実のなる植物が多かったので、人間たちはそこに定住しました。

人間たちは開かない扉を神様に見立てました。集めた植物のなかで良いものを選んで、扉の前において祈りを捧げます。そして、人々の健康と無事を祈る歌を歌い、輪になって踊りました。扉は返事をしませんでした。

やがて気候の変化でその場所が寒くなり、人間たちはより暖かい場所を探して住みかを移動することにしました。扉の前にお供え物が置かれることはなくなりました。

扉は、その場所にあり続けました。


時間が経ち、扉の周囲がまた元のように暖かくなってきたころ、人間たちが扉の周りに戻ってきました。少し頭の良くなった人間たちで、住居や畑を作るやり方を知っていました。石を磨いて武器を作るやり方も知っており、効率的に狩りをしました。

今度の人間たちも、扉を神様だと思いました。獣たちに鋭い傷をつける槍を突き立てても、扉に傷がつかなかったからです。彼らは扉を祀るための建物を建て、狩ってきた獲物を前に置いて祈りを捧げました。

ある日、扉の近くにあった火山が噴火しました。噴煙が辺り一面を覆う大噴火で、さらさらとした火山灰が溶けない雪のように積もりました。人間たちの畑は全てだめになってしまい、あたりの森に暮らしていた動物たちもあっという間に減っていきました。

人間たちもばたばたと死んでいきます。別の土地に逃げ出すもの、そこにあるもので必死に食いつないでゆくもの、色々な人間が居ましたが、最終的には扉の周りに人間は一人もいなくなりました。扉は人間たちが死んでいく様子を、ただ見ていました。

半分火山灰に埋もれてしまいましたが、扉はその場所にあり続けました。


次に扉が発見されるのは、人間が文明と呼べるものを手に入れたころの話です。小規模ですが国のようなものを作り、王と呼ばれる人間が支配していました。人々は埋もれていた扉を掘り返し、磨いて綺麗に整えました。

そのころの人間たちは自分たちの神様を持っていたので、扉はその神様に関係のあるものとして位置づけられました。扉の前には豪奢なお供え物が並び、彼らの神様をたたえる歌が扉を祀っている聖堂に響きわたります。もちろん、扉は開きません。

その国の終わりは戦争でした。食料の不足と宗教観の違いから隣国と戦争になり、扉のあった国は滅ぼされてしまいました。山ほどの武装した兵士たちがやってきて、人を殺したり捕らえて奴隷にしたりしていました。

家々が焼かれ人が逃げ惑う様子を、扉はじっと見ていました。


扉のある土地に住みついたのは、先ほど戦争を起こした隣国でした。その国から見た扉は異なる宗教のものですから、その国は扉を嫌いました。何とかして扉を破壊しようとして、しまいには大砲まで持ち出しましたが、扉は壊れませんでした。そこで、その国は扉の周りに分厚い壁を立て、扉を内側に閉じ込めました。

扉を閉じ込めた国は、彼らの神に祈り、彼らの歌と踊りを繰り返しました。国を攻め滅ぼすことでより豊かになっていたその国は、彼らの神に金銀財宝を捧げました。それらの祈りは扉へ向けられたものではありません。扉は何も言いません。ただ、彼らを見ていました。壁の中に閉じ込められながら、扉は静かに彼らのことを考えていました。

暗い暗い部屋の中、扉は存在し続けました。


扉が次に日の目を見るのは、科学技術が発展して研究したり発掘したりすることが盛んになってきた時代のことです。考古学者たちが失われた王国の遺品を探していると、厚い壁に囲まれた扉のことに気が付きました。その時の考古学者たちには扉がどのような経緯で壁の中に閉じ込められているのかはわかりませんでしたが、扉が開かないこと、壊れないことはわかりました。とんでもない発見だと大騒ぎする学者たちの喧騒を、久しぶりに新鮮な空気に触れた扉は聞きました。

扉はやがて博物館のガラスケースの中に収まることになりました。科学技術は扉のことについて説明はできませんでしたが、いずれ説明できるだろうと科学者たちは楽観的でした。あるいは、説明できないものを見て見ぬふりすることに決めました。扉はそんな彼らの様子を黙って見ていました。


扉のある場所はしばしば戦争に巻き込まれました。扉を狙ってというわけではなく、ただ戦争の起こりやすい土地だったからです。扉のある博物館の所有者もころころと変わり、扉を見に来る人が全くいない日もありました。博物館が戦争の舞台になることもありました。その時は、扉を挟んで銃撃戦が行われました。絶対に壊せない扉は格好の盾だったからです。自分に当たる銃弾とお互いに傷つけあう人間たちを扉は見ていました。

扉の見ている前で沢山の人が死にました。扉にも血のはねたものがこびりつき、それを綺麗にしてくれる人が来るまで、汚れはそのままでした。


やがて人類のいちばん最後の日がやってきました。どこかの国のおこした戦争が世界中を巻き込んで、それは人間を全て滅ぼすまで終わりませんでした。各地に爆弾の雨が降り、それは扉の場所も例外ではありません。博物館は見る影もなく壊れてしまい、扉はむき出しになりました。

そこに、人類の最後の一人がやってきました。人類が一斉にいなくなってしまうのではなく力尽きた人から死ぬのですから、必ず最後の一人になる人がいるわけです。幸運なのか不運なのか、彼はその最後の一人でした。人類に起きた数々の戦争、数々の不幸を生き残り、最後に彼は扉のある土地に吸い寄せられるようにやってきました。

彼は扉を見つけると形式的にノックし、ノブに手をかけて開こうとしてみました。どうやっても開かないことを知ると、彼は地面に腰を下ろし、扉にもたれかかりました。彼の手元にその日を生きるだけの食料はありません。きっとこの地球のどこを探してもそんなものは残っていないでしょう。彼には座ることしかできませんでした。

彼の頬を涙が伝います。とっくの昔に枯れていたと思っていた涙です。彼の家族や友人、愛しいと思っていた人、それらはみな死んでしまいました。彼だけ生き残ったということは、彼以外は全て死んでしまったということです。  

彼は間違いなくこの地球上でいちばん不幸でした。だって、彼以外の人間はもういないのですから。あるいは、彼は地球上でいちばん幸福でした。彼は最も愛情深く、最も冷酷で、最も勇敢で、最も臆病でした。

彼は死んでしまった自分以外の人のために泣きました。取り残された自分のために泣きました。滅びてしまう人類のために泣きました。死ぬしかない自分のために泣きました。

扉は泣いている彼をじっと見ていました。扉は人類がここで終わることを知っていましたし、これまでの人類に何があったか、全て覚えていました。

最後の最後に、扉は少しだけ開きました。隙間から白い光が漏れ出し、人間の顔を照らします。人間は眩しさに顔をしかめると扉が開いているのに気づき、驚いた顔をしました。人間は振り返るとノブを掴み扉を最後まで開きました。そして、白い光に溶け込むように中に入っていき、姿が見えなくなりました。しばらくして、ゆっくりと扉が閉まり、白い光は見えなくなります。彼がその後どうなったのか、知る人は誰もいません。

このようにして、地球上から人間は一人もいなくなりました。

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