扉の向こう
頭を空っぽにしてお読みください。
ある日、仕事から帰ると私の住みかであるボロアパートに王様がいた。もう一度言う、ボロアパートの私の部屋に王様がいた。私は頭がおかしくなったのだろうか。
今日もクタクタになるまで働き、過労死するんじゃないかと日々思いながら残業をして帰る。そんな日常がある日突然壊れた。建て付けの悪い鍵をガチャガチャと回して扉を開け、ヒールを適当に脱ぎ捨てる。冷蔵庫からビールを取り出して、プシュッと音を立てながら蓋を開けてグビグビと飲みながら足で扉を横にずらして開ける。
すると、私の煎餅布団に煌びやかな格好をした金髪碧眼のハリウッドスターの様な不審者が剣を携え座っていた。私は無言でスマホを取り出してポチポチと警察を呼ぼうとすると、不審者は剣を引き抜き私の首筋をちょっとだけ切った。私はスマホを落としてしまい、夢でも見てるのかとビールを一気飲みした。だが、首の斬られた箇所が地味に痛いので、夢じゃ無い。
「誰、あんた」
「お前こそ誰だ。そして此処は何処だ」
「此処は私の部屋なんだけど。あんたが不審者なだけ」
「俺は自分の寝室に入ったら、そこの中から此処に繋がっていた」
不審者が指を指した方向を見ると押し入れが空いていて、何故か豪華な扉が付いていた。私は飲み干したビール缶を落として、押し入れの中にある扉を開くと、煌びやかな部屋が広がっていた。まるで中世のヨーロッパみたいな作りだ。
私の疲れは限界らしい。扉を閉め、スーツを脱ぎ捨てる。不審者はギョッとしていたが、私は下着一丁で私の寝床である煎餅布団の上に立つ不審者を足で蹴って退かしてスマホのアラームを設定し、布団に潜り込んだ。お風呂は明日で良い。
「おい、仮にも王である俺を足蹴にするとは非礼ではないか?」
「知らん。こちとら仕事で疲れて限界なんだよ。王様だかなんだか知らないけど、私の上司でも社長でもないから関係ない。寝かせろ、話しかけるな」
「元は俺の寝室だ。ベッドは無いのか」
「雑魚寝でもしろや糞が。それか扉の向こうに帰って豪華なソファで寝ろやボケ。てか、そうしろ。じゃ、そういうことで」
私の体と脳みそは限界を通り越して、直ぐに深い眠りへとついた。
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頭の上でスマホのアラームが鳴り響く。煩いと思いながら、起きようとするが体が重い。デカイ蛇にでも巻き付けられている感覚だ。薄っすらと瞼を開けると、昨夜の不審者が私を抱き込み寝ているでは無いか。動かない脳みそで、私は不審者の綺麗な顔に頭突きを喰らわす。
「い゛っ!!女……!!何のつもりだ!!」
「あ゛ぁ〜〜、朝から煩い。シャワー浴びなきゃ」
ボリボリと頭を掻きながらお風呂場に行き、シャワーだけ浴びる。お腹が減ったが、冷蔵庫にロクなもんが無いなぁと考える。そういえば、替えの下着持ってくるの忘れたわ。一通り体や頭を洗い終え、バスタオルを頭から被り全裸で下着を取りに行くとまだ不審者がいた。またギョッとして固まっている。私はそれを無視して下着を穿いて冷蔵庫の中を漁る。……卵かけご飯で良いか。
レトルトご飯をチンしてその容器のまま卵を落として醤油をかける。卵を混ぜて食べようとすると不審者が私の手を掴む。
「お前には色々と言いたいことがあるが、生で卵を食べると腹をくだすぞ」
「あ?賞味期限切れてないし、冷蔵庫に入れてるから大丈夫だって」
「れいぞうこ?なんだそれは」
「あのねぇ、私には仕事があるの。説明してる暇なんてないの、分かった?不審者さんもあの扉から帰って」
私は卵かけご飯をかき込んでお腹を満たす。直ぐに簡単な化粧をして、スーツを着るとまた不審者が割り込んできた。
「おい、足が見えているぞ。お前の職業は娼婦か?」
「あ゛ぁ!?ブラック企業で働くOLだっつーの!!どうやったらこの格好で風俗嬢に見えるんだよ!!てか帰れ!!」
王様とやらを押し入れの中に出現した豪華な扉へと押しやる。私は忙しいのだ、こんな訳の分からない事に時間を割いている暇などない。無理矢理扉の向こうに押しやり、押し入れも閉める。
ふんっと鼻で息をし、怠い体を引きずりながらブラック企業へと出勤するのであった。
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今日も今日とて、大量の資料を片付けてコンビニで弁当とビールを買って、フラフラとボロアパートに帰る。部屋に入ると電気がついている。私はちゃんと電気を消して出勤したはずだと、足で扉をずらすと、また不審者がいた。
「遅いではないか。こちらの世界は女に過酷な労働をさせているみたいだな。それに、夜中に女一人で出歩くなど有り得ない。もしかして其方……奴隷か何かか?」
「……奴隷。あぁ……どうせ私は会社の奴隷だよ。糞部長め……新人OLと不倫してる事バラしてやろうか。仕事の殆ど私に投げつけやがって……」
ガサゴソとビールを取り出して、プシュッと良い音を出し、腰に手を当ててゴクゴクと一気に飲む。不審者は眉間に皺を寄せて何かを考えている様だった。
「女、名は何という?」
「不審者のあんたが先に名乗れ」
グシャっと空になった空き缶を握りつぶすと、不審者は煎餅布団の上でなんか長い名前を名乗った。
「シュワルツ・ナーヤン・マウリシオだ」
「シュワルツ・◯ッガー?」
「違う。リシオと呼ぶが良い」
「私は田中花子。田中が苗字、花子が名前。名前馬鹿にしたら再起不能にしてやるからな」
「ハナコか。変わっているが良い名前ではないか。これからはハナと呼ぼう」
「馴れ馴れしいな。まあ、いいや……お腹減った」
私は小さなコタツテーブルに温くなった弁当を置いて食べ始める。不審者もとい、リシオはじーーっと私の食事風景を見ている。絶対に私の弁当は渡さないぞ。
唐揚げ弁当を食べ終わり、ゴミ箱に捨てる。そして昨夜と同じ様にスーツを脱ぎ捨て、下着一丁になり、顔を洗い歯を磨いて寝ようと布団に行くと、リシオが既に布団に入っているではないか。
イラっとしたので綺麗な顔を右足で踏み付けてグリグリする。リシオは表情を変えずアホな事を言い始めた。
「ハナ、俺に被虐趣味は無い」
「退け、そこは私の神域だ」
「だが考えてよく見れば……中々良い景色だ」
私は無言でリシオの股間を踏み付け、悶え苦しむリシオを両足で布団から追いやりスマホのアラームを設定する。そして私は直様、夢の住人になるのであった。
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夢の中で巨大な蛇に巻き付かれている。疲れてんだからせめて良い夢見させてよと思っていると、アラームの音で目が覚める。すると、また不審者……リシオが私を抱き枕にして寝ているではないか。
心なしか微笑んで見える寝顔に見惚れる……なんて事は無く、昨日と同じ様に頭突きを喰らわせて抱擁から抜け出して下着を漁り、風呂場へ行く。何か悶えている呻き声が聞こえるが無視だ。そろそろ洗濯しないとなあと、思考を切り替える。
シャワーを浴びて、下着一丁で冷蔵庫を開けてエナジードリンクと10秒ゼリーを手を腰に当てて飲み干す。
「ハナ、朝食はそれだけか?顔色も悪い、目の下に隈が出来ている。仕事は休めないのか?」
「安月給だから休めないの。転職するにも先立つものが無いしなあ……」
「ならば、俺の城で働けば良い。給金は多めに出そう」
「やだ。意味の分からない場所で働くなら、今のブラック企業で良い」
額を赤くしたリシオをまた押し入れの豪華な扉の向こうへ押しやり、私は急いで仕事の準備をする。
こんな非現実的な現象を受け入れている時点で、私は限界を超えている事に気づけば良かった。
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今日も押し付けられた仕事を残業して片付け、食欲も湧かず、フラフラとボロアパートに帰る。扉を開けるとまた電気がついている。またリシオが来たのかと思いながらヒールを脱ぎ捨てたところで、私の意識はブラックアウトした。
夢の中で私は蛇に巻き付かれたまま、何故か色々な可愛らしい動物達に介護されている。私は夢の中はなんてファンタジーなのだろう。遂に私の頭はおかしくなったのだろうか。だが蛇は無視し、可愛らしい動物達の介護は気持ち良かったので、なすがままに受け入れる。アラームは聞こえて来ないのだから……あれ?私、アラーム設定したっけ?
「ヤバい!!仕事!!」
ゴッと鈍い音と頭に感じる痛みで覚醒する。すると私はふりふりの可愛らしいワンピースを着せられ、隣には何故か額を抑えて悶えているリシオがいた。
なんだ、この豪華絢爛なベッドは。いや、今は仕事の事を考えねば。……此処どこ?
ギギギと振り返り、リシオを見ると額を赤くしながら微笑んでいるではないか。
「良かった……ハナが倒れた時は焦ったぞ」
「……仕事行かなきゃ」
「行かなくても良い。此方の世界に連れてきたのだから、今はゆっくり休め。医者が言っていたぞ、極度の栄養失調、睡眠不足、過労だと。安心しろ、身の回りの世話は侍女達がした」
私はその言葉にまた視界をブラックアウトさせたのだった。
ありがとうございました。
続くかは分かりません(´・ω・`)