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消える魔法のネルシアス

職場が辛い魔法術師

作者: 百合桜


この世の中真に嫌な事であるが、理不尽で溢れている。そして、その最もたる場所こそ僕が働く王宮という場だ。

王宮というのはだいたい優秀すぎるが故にトチ狂った奴が多い。もちろん、そういった人達のみで王宮の人員が構成されているわけではなく、ただ、そういったおかしい奴が多い、という話だ。

そもそも、なにかにおいて優れているものは、他の何かが欠けていたり、逆に全てにおいて完璧――少々語弊があるかも知れないが――であったりするものだ。後者の場合、それ故に直人には理解し得ない狂いがあったりする。もちろんこれも、全員ではない。ただそう、多いという話だ。


そんな狂ったやつを僕の身近な他人でいうのであれば、同期であり天才と謳われる、第一魔術塔総合研究室(エトライクローラ)の魔術狂いの変態が挙げられる。

ぼさぼさの髪によれよれのローブを羽織ったその姿だけではとても公爵家の三男だとは思えない彼は、身綺麗にすればただのイケメンになる。キラキラと眩しく目に痛い存在感(オーラ)を放つ、残念イケメンと言えるだろう。

隈があってもそれはそれでなんだか不思議な感じ(ミステリアス)で素敵、だとか言われているのは真に遺憾に思う。

なんだよミステリアスって!?あんな奴のどこがいーんだ!


こほん。少々取り乱してしまった。


さて、話を戻すと、そんな残念イケメンである彼のその実態は、料理と言う名の(凶器)を生み出し、実験しては部屋中に異臭を漂わせ、白や、黄色や赤や、はてには毒々しい人間の生き血を吸った薔薇のような朱、赤、紅、変色した死骸のような紫、カビのような緑、とにかくおぞましい色の煙を発生させたりする、はた迷惑な野郎なのである。


新たな魔法陣を創ったり、魔法薬の研究に打ち込んだり、魔術に関することでいえば彼よりも幅広く、しかし深い知識を持ったものはいないだろうとさえ言われる僕の同僚。彼は、先程僕が説明した完璧であるがゆえに、直人では理解し得ない狂いがあるタイプの人物だ。


そして、彼の狂いは正直、僕にはあまり関わりのないものであるため、僕は特になにも思わないし、それ()を知ってしまったところで何かをしてあげよう、変えてあげよう、救ってあげよう、などとは思わない。


そう、僕と彼には関わりがなかったのだ。昔も、本来であればこれからだって。


「ああ、この術式が…、これはこっち、音、振動、だとすると―――おい、オルフェ・ハーベル」


さて、僕がいったいどうしてこんなことを語っているのかという理由についてだが、それはまぁ、今しがた僕に声をかけてきた魔術狂いの変態――セイディ・ジェムレイと録音する魔術を共同研究しているからだ。

それだけ聞くと別にこんなくだらないことをつらつらと考えている理由にはならないだろうが、この仕事、とてつもなく、辛い。

ただただ辛い。


さて、僕と魔術狂いがこの録音魔術というものを研究するに至ったのは、録音魔術というものが、王宮内で最も頭のおかしい方、王宮筆頭魔法術使い様から出された課題の一つであったからだ。

筆頭様は音を術に記憶…覚えさせる?魔術だと、言っていた。"録音魔術"と言うのも筆頭様が名付けたものなのだか、課題の難易度高いんだよなぁ。


別にこれでなくてはならないなどとは言われていないし、なんなら僕とコイツ(変態同僚)が共同研究しなければならない、ということもない。

しかし、どういうことか僕はコイツと共同研究している。

五ヶ月ほど前、突然出された課題。突然僕に俺の手伝いをしろ、と命令してきたコイツ。

本当に、頭のおかしい奴らは何を考えているのか直人には理解できないものだ。


「チッ…耳が聴こえないのか、ハーベル」

「……どうかしましたか、ジェムレイさん」

「お前、ここの魔術式間違えただろ」

「ふっ、何を言うんですか。僕は計算しただけで式を描いたわけではないですよ」


つまり、術式を間違えたのはお前だ、魔術狂い。僕に自分の失敗を押し付けないでほしい。僕がそんな簡単な計算で間違いなんてするわけがないじゃないか。ついでに式も間違えねーけどな。


とんとん、と一部意味のわからない魔術言語となっている部分を指で示し、苛立たしげに言う彼に僕は言葉を返す。

すると彼は、チッとわかりやすく舌打ちをし、さらさらと術式を描き直した。


謝れや、おい。


そう思うものの、口には出さない。僕はここ三ヶ月で学んだことがあるからだ。こいつに謝罪を求めることも、こいつと少しでも良い関係を築こうとすることも、間違いなのだと。

つーか魔術狂いにそういった人として最低限の期待を抱くことをやめたのだ。期待するからムカつくのであって、そういうやつだと思ってしまえばなんてことはない。

最近の僕、よくこいつとの横暴さに耐えられてるな。自分で言うのもなんだけど偉くない?偉いよね。


「空気、空間に干渉する値は」


今描いていた振動を受け取る魔術式を描き終えたのだろう魔術狂いが、僕が先程まで計算していた指定数をきいてくる。


「45、72、命令に必要なのが36。今の魔術式ならそれで足りるけど容量的にこれだと他の術をかけるのはきついよ」

「そんなことはわかっている」


干渉する"値"これはつまり、世界に対し僕ら魔法術師が干渉するために必要な数のこと。干渉するということは世界式を上書きするということであり、これがなかなか難しい。



演算し数を見つけ、その数の分の浮流魔力――自然から生まれる、世界を浮遊し風などによって流れている世界に漂う魔力のこと――を世界式を書き換えることによって魔法術師が扱えるようにし、それを世界に僕らが望む事象を発現させるための式…魔術式に魔法という形で溶かす。そうしてようやく魔術は完成する。


「んー、でもこの式じゃ削るとつまらないよね」

「そうだな魔術式のおもしろさが活かせない」


ただし、魔術式に魔法を溶かせる量は基本の魔術式を描いたときに決まってしまう。別に基本道理に描かなくてはならないわけではないので改良に改良を重ねたり、発現させたい事象にそって術式を変えたっていいのだが、魔術言語をどれほど"理解し自分のものにできているか"が重要になるので、改良した式がよくとも理解して自分のものにできていなければ意味がない。面倒だけど、そこが面白いんだよね。


「じゃ、今から術式を描き変える?」

「ああ。……やはり録音するというのが難しいな。受け取った音の振動を術の中に残し、任意でそれを解き放つ…となると…」


一人ぶつぶつと呟き始め勝手に自分の世界に入ってしまった魔術狂いのことは無視しよう。こうなった奴はなかなか現実へ帰ってきてくれないのだ。

この感じだと次に必要になる値は音を閉じ込めるための数と閉じ込めたあとそれを開けるための数。あとは――音を、復原させる…?


計算に使った紙が床に散らばっているが、片付けは後だ。ペンをはしらせ数を出していく。どう考えても違うだろう、ありえないだろうという数が出たとしても可能性が無くなるまでは紙を残して置かなければならないので、数を探し見つければ見つけるほど部屋が汚くなっていく。片付けに苦労しそうだ。


ジェムレイは掃除とかできないし……まさか片付けを押し付けるために僕を共同研究の相手に指名してきたのか…?断るすきも与えず、というか上司に共同研究する主の書類を提出した上で言ってきたのとかそういうことなのか……?あれ拒否権ないじゃんとか思ったよね。貴族ってこわい。



「溶かせた」


ばっ!!と顔をあげ、やたらキラキラした目を向けてくるジェムレイからそっと目をそらす。貴族ってこえーな。なんでお前そんな顔いいんだよ。魔術狂いのくせに……!


「30、33、20………式は描き終わったのか。はやっこわっ」

「いや遅いだろ。筆頭様ならこれくらい一瞬で描いている」

「それ比べる相手間違えてない?ジェムレイさん馬鹿なの?勉強できる人ってなんで馬鹿と両立できんのかな。不思議でたまらないんだよね頭大丈夫ですか」


筆頭様をここで持ち出すあたり本当に理解できない。王宮筆頭魔法術使い様とか人間じゃないじゃん。(褒め言葉だ)


「不敬罪だぞお前。…筆頭様は憧れなんだ。術の描き方は繊細で美しく、魔法を扱うときは孤高で高貴。魔法術を学んでいて筆頭様に憧れないわけがないだろう」


いやそんな真顔で言われても困るんだが。てかガチじゃん。え?ファンなんだな?

確かに筆頭様は凄いお人だ。数千年前に異界から召喚されてこちらに来たらしいし。どんな魔法も魔法術も魔術も扱えるし。国滅ぼせるし。それはちょっとこわいけど。

あ、でも、もとの世界に帰る方法がないって知ってブチギレたっていうのは当然だと思う。そりゃあ怒るよ。それでこの世界壊そうとすんのはやばいけど。

帰れないって知ってからは、自分のように呼び出されるような人がいたら大変だからと"召喚"とつくもの――召喚術、召喚魔法、古代遺跡召喚紋とか――を全て消したという。呼び出されてから今までの数千年もの間ずっと帰還術の研究をしているらしいし、うん、凄い人だよ。僕も憧れてる。てかさっさと割り出した数を溶かせよ。


「はいはいわかったよ。で、溶かせた?」

「ああ。あとは総指定数の設定と実験だな」

「総指定数は50だね。僕の方である程度軽くしといたから」



「オルフェ·ハーベル」

「なんですか」

「本来指定数を明確に数として割り出すことはできない」

「……」


まぁ、王宮内はとち狂ったやつが多いからね。だいたいさぁ


「必要な指定数を一度で確実に溶かすことができるのは世界式がみえるものだけ」

「そうだな。世界式がみえていれば必要な値がわかる。俺はほとんど感覚で溶かしているが」


感覚でそんな正確に溶かしてるの……?こわ……


「お前にはもっと正確に世界式がみえているんじゃないか」


みえている、というのは少し違う。僕はただ計算しているだけだ。穴埋めパズルのようなもので、みえる部分とみえない部分がある。




ああそうさ、認めよう。最初の方で散々言ったと思うけど、王宮には優秀すぎるがゆえにトチ狂ったやつが多い。僕もそのうちの一人だ。でもこれぐらい狂ってるって言わないと思う。え?言うの?ああ、はい。

だけど訂正したいところがある。僕は"優秀すぎる"から狂ったわけじゃない。世界式をみる眼を持っていたから。その美しさに魅了されたから、煌めく光を解きたいと思ったから狂ったのだと。つまり僕はただ人より少し計算が好きで数学が好きで、それらを活かせる魔法術に惹かれただけなのだ。



「それは…わからない話ではないな。俺も魔術、魔法、魔法術を愛している」

「ああそうですね、ジェムレイさんの魔術狂いは有名ですよ」

「お前の眼を研究――」

「やめてくださいよセイディ・ジェムレイさん。ご自分の眼で満足してください」


獲物を狙う獣みたいな目でこっちみんなよクソ。いくら公爵家の三男でも人道から外れることをしたら庇ってもらえねーぞボンボンが。


「おい、全部口に出ているぞハーベル。お前とんだ猫かぶりだな」

「…………猫なら可愛いものですよね?」

「俺は猫より犬派だ。先程も言ったが不敬罪だからな、お前」

「でも僕の計算は正確でしょう?」

「そうだな。でなければ共同研究などしていない」



本来なら関わりのなかったはずの彼に、しばらく前から観られていたことは知っていた。

観られていただけが、明確な興味を持たれてしまった。最悪だ。


「………嬉しくないですね」


面倒なことになるな、これは。









共同研究が終わり、共同開発となり、実験を終え―――ジェムレイから開放されて二ヶ月が過ぎ、僕は新種の魔物と魔法についての研究をしていた。


同僚たちが走らせるペンの音や紙をめくる音が子守唄に聴こえる。カーテンから溢れる朝日が目に痛いしはやく寝たい。同僚たちもあれ多分ゾンビ状態だ。半分しんでる。


寝そうになる自分と戦いながら資料をあさり魔核を砕き世界式に干渉してみたり、ときおり外から聴こえる悲鳴に頭痛が…魔法剣士と騎士が打ち合いしているのだろう、多分。


「エトリアのみんな生きてるー?あとハーベルくんいますかー?」


こんこん、と扉をノックする音に続いて扉の開く音、そしてしたったらずな、甘く間延びした声が研究室に響く。

たくさんの紙の束をふよふよと浮かしながら子供が入ってくる。

髪も肌も雪のように白く、周囲の環境によって色を変える不可思議な瞳。ぶかぶかの白衣の下には紺色のワンピースを着たその子供――のように見えるその人は本来こんな気軽に会える人物ではない。何が言いたいのかって?混乱してる。なんで第三研究室(エトリア)にいるんですか???


「ジェムレイくんとハーベルくんがだしてくれた課題、いいと思うよー。術式の簡略化、必要数の少数化、使いやすさをもう少し考えてねー。あとは術式のデザインかなぁ。でもこれはまだいいか。うん、改善点はこれくらいなのでもう一度提出してねー」


こちらが呆気にとられているうちにぽん、と僕が絶妙なバランスで重ねている本の塔の上に数枚の紙を置くと、ゾンビ状態の同僚達の方へ向かって筆頭様が言った。


「あと半刻ぐらいで第一研究室(エトラエ)のみんなが交代してくれるからー。その後三日は休暇にしといたよぉ」


「筆頭様!それ本当ですか!」

「ティアニー様天使ですね!普段あんな鬼畜な課題出してくるのに!」

「筆頭様仕事したいです残っていいですか」

「あ、筆頭様飴いります?そうそう、リュリュカシュの実の効能について質問なんですけど―――」

「えっ今日もかわいい好き尊いえっ??あっ目があった好き直視できない待って私顔面やばない??えっあっ」


いやみんなさっきまで干からびた雑草みたいだったのに…逞しいね…。あと一部ちょっと頭大丈夫か心配になるな?なんかみんなテンションおかしいから冷静になってきたよ、僕。


「ブライト、鬼畜って言ったの覚えてろよ。カオーユ、仕事熱心なのはいいけどお休みしてねー?チェルシーは後で時間とるからちょっと待って、あと飴は貰うねありがとう!ネルカはちょっと落ち着いてねー?顔面やばくないよ大丈夫、かわいいから」


じゃーねー、と去っていく筆頭様。ふらふらと仕事に戻る同僚達。賑やかだったな…あとなんでほぼ同時に喋ってた同僚達の言葉それぞれに返答できるの…疲れた。僕も仕事に戻らないと。




「さっきの改善点…」


メモしとかなきゃ忘れるな。本の塔を崩さないようにそっと紙をとる。そういえば置く前困惑してたな筆頭様。この部屋今散らかってて足場ほとんどないし。


メモのついでに紙の内容を確認していると、どうやら共同研究のときに提出したものを返却してくださったらしい。ペラペラとめくって読む。……枚数が出したときと違う。一枚、見知らぬ紙が混ざっていたらしい。


「第二魔術塔第三研究室(エトリア)オルフェ・ハーベルを明後日より第一魔術塔総合研究開発室(エトライクローラ)へ移動とする――ウィレーナ・ティアニー」


しかもこれ、セイディ・ジェムレイからの強い推薦により、って書いてあるんですけど。ねぇ。なにこれ、なんで?


そもそも拒否権ないじゃんこれ。ウィレーナ・ティアニーって筆頭様じゃん!断れないよ!断らないけど!でも彼処頭おかしい人たちの巣窟じゃん!


※褒め言葉です





ああ、僕の職場が辛い。

魔法術式

魔法と術式を組み合わせて作られた新しい現象、力。筆頭様が生み出した。


第一魔術塔総合研究室

筆頭様が直属の上司。自由に研究していいよ、迷惑(研究の邪魔)かけたらゆるさないけど、な職場なのでみんな自由。


書ききれていないところ。


オルフェは世界式をみることができる、というのを基本的に隠していた。隠していた理由としては平民で、世界式のきらめきを計算できれば幸せな人なので目立つのは好まないから。


バレた経緯としては一般的に、値を正確出すというのは難しくともだいたいなら分かるため、ぐらい、などと言っていたが共同研究一ヶ月目にセイディからはっきり言え、と言われ続けたのでそのうち面倒になっていき……ようは気を抜いてしまったためセイディにバレた。


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