The Last Supper-人生最期の豆腐-(後編)
ー前回のあらすじー
「そんな立派な"胸"を持ってるんだから、料理上手に決まってんじゃねぇか!」
‐‐‐‐兎女龍キヌゴーシュの朝は早い。
原料となる大豆は、乾燥度合いや季節などによって水に漬ける時間に、差が出る。
最高級、超一流の豆腐作りを求めているキヌゴーシュにとっては、この工程1つとっても、出来具合に大きく差が出る。
経験上、どのくらい漬けておけば良いかは分かっているが、地球は非常に温度帯が変わりやすい。
‐‐‐‐だからこそ、豆腐作りが辞められないのだが。
「さぁ~て、今日も豆腐作りを頑張るラビ!」
と、そう言って大豆を水から引き上げようとして、キヌゴーシュはおかしなことに気づいた。
「声が……聞こえないラビ……」
正しくは昨日、キヌゴーシュが食べさせた超極上豆腐を試食した人達の声が聞こえない。
あの超極上豆腐は、あまりにも美味しすぎるせいで、食べた人は24時間、あの豆腐に対して感謝の念を伝わってくる、素晴らしい食べ物です。
何故だか知らないけれども、24時間過ぎると聞こえなくなってしまうが。
兎女龍なだけあって、耳の良さには自信があるキヌゴーシュだから、聞こえないという事はないはずなので‐‐‐‐
「う~ん、なにかが起きているのは間違いないラビ。これは一度、調査しておくべきラビね」
今までにない事が起こったとなると、なにかがあったと考えてしまう。
キヌゴーシュは冷静に状況判断をして、これは見に行くべきものであると判断する。
「アイ・ラブ・ユー! さぁて、キヌゴーシュ! 無事にスバルくんを無力化できたわけだし、今日はとりあえずニューヨーク辺りを中心に、我と共に試食活動をしていかないかい?」
そんなことを思っていると、オキクロンがキヌゴーシュに話しかけてくる。
オキクロンはキヌゴーシュの豆腐の美味しさ……もとい、その美味しすぎる豆腐の味で、極楽浄土に旅立つ者達を見てきた。
「(アイ・ラブ・ユー、キヌゴーシュの豆腐はまさに素晴らしい暗器だよ。本人にその意識はまったくないかもしれないけれども、彼女の豆腐は美味しすぎて死に至る。
あれを免れた者は今まで存在しておらず、あれを食べた者はもう放っておいて良いでしょう。これで不確定要素であるスバル・フォーデンはもう倒したも当然でしょう。
‐‐‐‐さてさて、アイ・ラブ・ユー! キヌゴーシュと共に、彼女の豆腐で地球を侵略! 侵略!)」
ウキウキ気分でキヌゴーシュを、地球侵略に誘いに来たオキクロンではあったが、なんだかおかしな様子のキヌゴーシュを見ていた。
なんだか不安そうな彼女の様子を見て、オミクロンは彼女の心に沿って話しかける。
いつものように、"相手の心が読めるふり"をして。
「‐‐‐‐ふむ、キヌゴーシュ。どうも厄介な事が起きているようだね」
「……!? 流石です、オキクロン様。わたくしの事まで考えていただき、幸せラビ! 実は‐‐‐‐」
キヌゴーシュはオキクロンに対し、今感じている違和感を伝える。
自分が豆腐を与えていたのに関わらず、何故かいつものように極楽への意識が感じられないという事なのだ。
キヌゴーシュの報告に対し、オキクロンはまずいことになったと呟く。
「(キヌゴーシュの豆腐で、スバル・フォーデンを無力化する我の計画だったのに。
‐‐‐‐‐とりあえず、我の作戦を完遂させるためにも、一度様子を見に行くべきでしょう)」
オキクロンは、キヌゴーシュに対してそう告げて、大急ぎでスバルがいるレイク・ラックタウンに向かうのであった。
☆
レイク・ラックタウンに来た、キヌゴーシュとオキクロンの2人の龍達。
昨日の昼頃、キヌゴーシュは自慢の豆腐を振舞って、その豆腐によってたくさんの人達が美味しさのあまり、倒れていたはずだ。
そう……それで、たくさんの人間が倒れた地として、ある種の警戒態勢となっていたはずだ。
「(‐‐‐‐それが……どういう事だ?)」
オキクロンの目の前では、大量の人間が、こんな寂れた町のどこにこんなに人が居たんだってくらい、大勢の人間が一列となって並んでいた。
わいわいがやがやと、並んでいる様子からは、昨日の豆腐騒動のことなんて頭にないようだ。
「どういう事ですか……この地球の住人は、ちょっとした嘘を信じ、無駄なモノを買い集めたりするような、そういう人達ですよ?
それなのに、昨日の今日で、大勢の人間が倒れたところに、集まる?」
地球に住む者達の情報を集めてきていたオキクロンは、この事について戸惑っていた。
「(いけない、いけないっ! 我は、人の心を読める"覚"のオキクロン!
それなのに、部下の前で、このように動揺した姿を見せてはっ!)」
いけないと、自分を律するオキクロンではあったのだが、いつの間にか部下であるキヌゴーシュの姿はなかった。
「……ん? キヌゴーシュはどこにいったんでしょ?」
きょろきょろと辺りを伺うと、
「ばっ、ばかなぁ……ラビぃ……!」
「ふふっ、どうだ! 参ったかぁ!」
何故かキヌゴーシュは、列の前で膝をついて、目の前のおっさんにひれ伏していた。
明らかに様子のおかしなキヌゴーシュに対して、慌てて近付いた。
「キヌゴーシュ……」
「----あぁ、オキクロン様! わたくしは、私は間違っていましたラビ!」
オキクロンとしてみれば普通に声をかけたつもりだったのだが、キヌゴーシュはいつもと違っていた。
まぁ、格好がおかしいのはいつもの事なのだが、彼女の瞳はキラキラと輝いており、それ以上に‐‐‐‐いつも持っている豆腐の乗っているお皿を、地面においているのも、これまでの彼女からしてみれば信じられないような事だった。
あの豆腐至上主義者にして見れば、オキクロンからしてみれば今までにはない、驚きの行為だった。
「お許しくださいませラビ、オキクロン様! わたくしの、わたくしは今より、悪龍ドラバニア・ファミリーを抜けたく、存じ上げますラビ!」
「‐‐‐‐なっ!? いきなり、何を?!」
いきなりのキヌゴーシュの離反宣告に、戸惑うオキクロン。
どういうことかと思っていると、キヌゴーシュの前にいたおっさんが「多分、これだぁ!」と、お皿を差し出してくる。
おっさんの皿の上には‐‐‐‐細く巻いた、クレープのようなものが置かれていた。
正直なところ、オキクロンにはこの料理が、キヌゴーシュの離反のきっかけに違いないことは理解した。けれども、それほど価値はないように思える。
キヌゴーシュの様子から見て、毒は入っていないみたいなので、彼の差し出したモノを一口、パクリ。
‐‐‐‐そして、口の中に広がる味を感じ、オキクロンは理解した。
「おじさん……いえ、なんとも素晴らしい料理をお創りになる御仁! この料理の名前はっ!」
興奮した様子の、キヌゴーシュ。
無理もない、なにせ、この料理はっ!
「この料理の名は、ブリート。メキシコだとか、アメリカの料理で、こうやって片手でサラダ、あるいはお肉とかを使って食べられる……サンドイッチのようなもんだ。
そして、この料理の凄いところは! なんといっても!」
「‐‐‐‐"豆腐が入っている"、こと」
ピンッ、とオキクロンの頬に傷が入る。
物凄い速さでナイフのような鋭く尖ったものが、"なにか"がオキクロンの頬をかすったのだ。
このくらい、かすり傷だ。
‐‐‐‐けれども、"心が読める"事を売りにしているオキクロンにして見れば、攻撃を受ける事は避けるべき事態だった。
「‐‐‐‐そして、お前も心が読める訳ではない。そのようですね、オキクロンさん?」
オキクロンがくるりと振り返ると、そこにはユカリがいた。ユカリだけでなく、フレアリオンやエクレルの姿もあった。
彼女達の顔には昨日見たような絶望の顔はなく、オキクロンを倒そうという気概に満ちていた。
そして、オキクロンが一番危惧していた者も、生きていた。
「勝負だ、オキクロン!」
「‐‐‐‐スバル……フォーデン……」
キヌゴーシュによって特性豆腐を食べさせて、殺させるように指示した、スバル・フォーデンがいた。
死にゆく幸福感に満ちた顔ではなく、しっかりと戦う意思を示して。
☆
「正直、驚きましたよ」
僕の、スバル・フォーデンの姿を見て、オキクロンは素直にそう語る。
あの後、オキクロンはキヌゴーシュを置いて走り出し、僕達はそれに連れられて、人が少なめの街の片隅にまで来ていた。
‐‐‐‐ちなみに、キヌゴーシュは父の所にいる。
どうやらあのブリート、キヌゴーシュの美味しすぎる豆腐の祝福すらも振り払えるほどの美味しさの豆腐料理に、感動しきっているようである。
「あのキヌゴーシュの、天にも昇る美味しさの豆腐を上回るものがあるなんて。
アイ・ラブ・ユー、我は驚いて愛したくて仕方がないよ。なにせ、うちのキヌゴーシュの豆腐を食べさせたら、後は時間が来れば天国へ、だったし」
----この豆腐は、ほぼ無敵。
----"転生したら関係ない"として割り切った者も、生への執着がなくなって転生できず。
----解毒や解呪、それにキヌゴーシュを倒そうとする者までいたが、毒も呪いも用いてないので効かず、キヌゴーシュも24時間は現れないなどの方法も用いていた。
だからこそ、オキクロンはと言うと、キヌゴーシュの豆腐の美味しさを越えるモノが現れて、驚いていた。
「まさしく、それこそがキヌゴーシュの売りだったのに……あの豆腐より美味しい料理を作るだなんてね。
確かにキヌゴーシュの豆腐よりも美味しいモノがあれば、乗り越えられる。なにせ、美味しすぎて死にかけているのだから‐‐‐‐って、本来はそう単純な話ではないんですが。
……あの料理を作っていた人、何者ですか?」
きっ、とオキクロンの三つ目が睨みつけると、彼女の身体から金色のオーラが溢れ出す。
溢れ出した金色のオーラは、僕達全員をその場で跪かせ、指一本動かすことが出来ないほどの重苦しい重圧がのしかかってくる。
バトル漫画とかでよくある、"強敵が放つオーラで動けない"と言うのが本当の事だと、この時、僕は感じていた。
「‐‐‐‐あの料理人が、誰かって?」
オキクロンが放つオーラによって、全員が強い重圧を感じる中で、ただ1人、ユカリが立ち上がる。
「あの料理人は、人の事をまな板呼ばわりしていて、その上、私達の大切なマグノリアさんを奪っていった……"パンケーキで親子2人を食わせるだけの能力"を持った、お節介な、ただの人間ですよ」
キリッと、そんな擬音が聞こえてきそうな、カッコいい表情でそう言い切るユカリを、僕は驚いて見ていた。
いや、僕を助けた相手と方法が、あのうざったい父が料理を作って助けてくれたというのも信じがたいのだが、父の事を苦手にしていたはずのユカリがこう言うとは……。
「(倒れて、助けられたと思ったら、意外な展開になっているな)」
金色のオーラを受けつつ、そんな事を考えていると、僕のベルト、そしてユカリの身体が、強い緑色の光で光り輝く。
それは、フレアリオンと合体した時の、あの赤い光に酷似していた。
「まさか、これって……キターーーーーー!? 遂に、スバルくんと出来るんですね!」
……さっきまでの顔はどこへやら、浮かれまくった様子のユカリではあったが、僕の身体はそんなユカリの中に吸い込まれて溶けてゆき‐‐‐‐
そして、フレアリオンと合体したのと同じように、僕はユカリと合体した。
【【いつか来るだろうこの日のために、考えていましたこの名称!
行きますよ、スバルくん! そして私! 僕/私の新たなる姿! 風と方角を司る、"姉"という素晴らしい単語を持つ、【アネモイ】のデビュー戦です!】】
【Tips】
〇妖怪/豆腐小僧
…その名の通り、豆腐をお盆に載せて歩いているだけの妖怪。"その豆腐を食べさせる"とも、"豆腐を投げつける"とも、伝わっておらず、ただ載せて歩くさまだけが今の世に伝わっている
兎女龍キヌゴーシュも豆腐を侵略兵器に使う気はなく、ただ美味しいモノを食べさせたい善意から食べさせている




